現実は意識に反して 



はよッス、とあたしの前の席に着いた黄瀬の目は、うっすらとだけれど赤かった。
また、泣いたのだろうか。あたしの知らないところで、何を思って、泣いたんだろう。

「おはよう。今日は午後から、仕事なんだよね」
「そうなんスよ…おかげで部活にも出れないし、まあモデルの仕事も好きだからいいんスけどね」

あたし達の会話を聞いていたクラスの女子が、黄瀬君今日撮影なの?どの雑誌の?と会話に混ざってくる。
否応なしに会話から外れてしまったあたしはちょっぴり苦笑して、自販機行ってくるねと黄瀬にジェスチャーで伝え、席を立った。
寂しげな黄瀬の視線が、胸に刺さった気がした。


帝光中の、渡り廊下をちょっと抜けたところにある2台の自動販売機。
こっちのが購買のとこより品揃え良いんだよね、と自販機の前へと出れば、そこには先客がいた。
白いテーピングの巻かれた手には、おしるこ。

「…ん、露木か」
「おはよ、緑間くん」

緑間真太郎。バスケ部の副主将だ。それもあってか、赤司とはよく一緒にいるのを見かける。
おは朝という朝のニュース番組内で放送される占いに執心しているようで、常日頃不思議グッズを身につけているちょっと変わった人だ。
ちなみに今日はネコのコースターだったらしい。ポケットからオレンジ色のネコが覗いている。

あたしは、この人との距離感が嫌いじゃない。

「赤司から聞いたぞ、黄瀬と付き合い始めたそうだな」
「、緑間くんからその話題が出るとは思わなかったな。意外」
「…正しい情報か否かを確認したかっただけなのだよ」
「赤司くんの情報が間違ってるはずないでしょう?」

くすくす笑いながら、グレープフルーツジュースを購入する。
いつもはコーヒー牛乳を好んで飲んでいるのだけれど、今日はさっぱりしたものが飲みたい気分だ。

なんとはなしに、そのまま緑間と並んで教室へと、廊下を歩んでいく。1人分のスペースをあけて。
黄瀬と歩くとき、黄瀬はあたしのぴったり隣に立つ。腕が今にも触れるんじゃないかってくらいに。
赤司ならあたしはやや斜め後ろを歩くし、黒子と歩くときは黒子があたしの斜め後ろを歩くことが多い。
人によって違う距離感。
それでもあたしは、緑間とのこの距離が一番楽だった。

触れようと思えば触れられるし、離れるのだって簡単な、この距離が。

「まあ、精々喧嘩をしないよう人事を尽くすのだよ」
「肝に銘じときます」

結局、黄瀬とあたしの話しかしていなかった。
なんだかんだチームメイト思いな言葉に笑みで返して、緑間のクラスの前で別れる。
手を振って、さて自分のクラスに戻るかと踵を返して、あたしの足は止まった。

こっちをじっと睨んでいる、黄瀬の姿。

ああ、なんていうんだろうこの感じ。
別にやましいことなんて何もない。ただ友達と自販機で会って廊下を話しながら歩いただけだ。誰だってやっていること。
なのに黄瀬の目線に、責められる。
あたしが悪いことをしてしまったかのような気になる。

わかった、あれだ。
浮気現場を見られた気分。
そんなシチュエーション、なったことないけど。


またあの黄瀬を見なきゃいけないのかと、嫌気がさしている自分に気がついて、無性に泣きたくなった。



 (こんなこと思いたくないのに)


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