世界が冷める 


人通りのほとんどない裏路地。
この街にもこんなとこがあったんだ、なんてどこか他人事のように考えながら、けれど掴まれた腕の痛みに現実へと引き戻された。

ずっと無言で、あたしに背を向けて歩き続けていた黄瀬が、立ち止まる。
なにを考えているんだろう。
怒って、るんだろうか。あれだけのことで。


嫉妬、っていうのは、相手が自分に持っていないものを持っているときに感じる、劣等感から生じるものだと思う。
黄瀬は容姿も良いし、運動だって出来る。勉強もまあそこそこ、だと本人から聞いた。
さっきの人には悪いけど、あたしは黄瀬があの人より劣っているとは思えない。
なら何で、黄瀬はそんなに怒っているのだろう。
…怒って、いるのだろうか。
あたしがどんくさいから、とか?

「…露木さん」
「、な…に?」

あたしに背を向けたまま、呟く。

どうしてそんな無防備なんスか、俺のこと好きじゃないんスか、今日も手ぇ繋いだりしてくんなかったし、俺が女に囲まれてもただ笑って見てるだけだし、俺のこと好きならもっと俺だけ見てて欲しいッス、俺だけに笑いかけて欲しいッス、なのになんであんな見知らぬ奴に笑いかけるんスか、話しかけるんスか、何で俺だけを見てくんないんスか、俺はこんなに好きなのに触れたいのに君だけを見てるのに。


やっぱりあたしは他人事のように、ほんの少し冷めた目で、その言葉を聞いていた。


人間は貪欲なものらしい。
お菓子を1つ貰えばもう1つ、と。2つ手に入ればもっともっと、と。
与えられる物に対して、非常に貪欲だ。

今日、あたしは黄瀬と一緒にいて楽しかった。
そりゃ確かに手は繋がなかったし、女の子たちに囲まれてるのを遠目に見てたりしていたけど。
それでも一緒に服を選んで「これ露木さんに似合いそうッスよ!」「黄瀬くんにはこういう色も合うんじゃないかな」なんて、話し合ったり。
喫茶店で向かい合いながら、黄瀬がコーヒー飲めないって事実を知って笑ったり。あたしが紅茶に砂糖を入れないで、甘いケーキと一緒に飲むのが好きだってことを知ってもらったり。
他愛ない、話をして笑い合ったり。

そうやってあたしが楽しんでいる間、ずっと、黄瀬はそう思っていたのだろうか。

今日の楽しかった思い出が全部、灰色になっていくのを感じた。


「…ごめん」
「何で、謝るんスか」

手を、離す。
黄瀬がこっちへと、顔を向ける。

彼は、泣いていた。真っ赤な顔で、ぼろぼろと涙をこぼして。

ここで冷たい態度をとって、黄瀬を拒絶するのは簡単だ。簡単、だけど。
やっぱりあたしも黄瀬が好きで、だから、もう一度ごめんと呟いて、今度はあたしから黄瀬の手に自分の手をからめた。

あまり心配させてやるなよ、と。
赤司の言葉が脳裏に浮かぶ。

「不安にさせてごめん。あたしは、黄瀬くんが好きだよ。今日だって、あたしはすごく楽しかった」
「お、れだって、楽しかった…ッス」
「うん、ありがとう。でもやっぱり、外だと落ち着かないね。黄瀬くんも、あたしも、疲れちゃう。だから今度遊ぶときは、どっちかの家でのんびりDVD見たりゲームしたりしよ?ね、だから泣かないで」
「ん、うん、うん…露木さん、ごめんッス。俺、わがままで、子供で」

大丈夫だよ、あたしはそんな黄瀬くんを好きになったんだから。
俯いて涙を拭う黄瀬の頭を撫でれば、好き、大好きッス、と、黄瀬はまた泣いた。

いっぱい泣いて落ち着いたのか、真っ赤になった目で黄瀬が笑う。

「ね、露木さん、かえでって、呼んでもいいッスか?」
「…うん、あたしもその方が、嬉しい」
「じゃあ俺のことも、涼太って呼んで」

わかった、涼太、って。
あたしの返事に、黄瀬は照れたように頬をかきながら、なんか恥ずかしいッスねと、いつもの笑顔を見せてくれた。



 (大丈夫だと信じてみよう)


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