嘘吐きの空言 



「…待ってないし」

図書室の最奥。あたしのお気に入りのスペース。
ぽすんと壁にもたれて、足を投げ出し座り込めば、誰からも見えない。誰にも気付かれない場所。

黄瀬が言ったのは此処のことだと思う。
だから来たのに、黄瀬はいなかった。

待ってると言ったのはどこのどいつなのだろうか。
これじゃ、あたしが黄瀬を待っているみたいだ。
というか実際に、そうなってしまうんだけど。


溜め息を吐いて、目をつむる。

認めてしまおう。
どうやらあたしは黄瀬を好きになったらしい。
笑って、泣いて、同意なしにキスするだけで落ちるんだからイケメンって良いよなあと思うし、自分は安い女だなあと思う。
いやでも同じイケメンとは言え、もし同じことをやったのが青峰や紫原なら落ちない自信がある。うん。
まあ安い女であることに違いはない、諦めよう。もうなるようになれ。

肩を落としたとこで、人の気配を感じ目を開ける。
今にもキス出来るんじゃないかってくらいの距離に、黄瀬の顔があった。
やべ、といったような顔をしている。

「…なにしてんの」
「あ、いや、寝てんのかと思って…つい…」

バツが悪そうに距離をあけ、頭をかきながらあたしの前に正座する。
目線を落とせばコーヒー牛乳が黄瀬の手の中にあることに気付いて、ああこれを買いに行ってたから遅かったんだなと合点がいった。
あんなその場しのぎの口約束、別に守る必要もないのに。
そういうとこ律儀だよなあと思うと、なんだか少し笑えた。

「…黄瀬くん?」

ぽー…っと、意識があるんだか無いんだか、よくわからない眼差しであたしを見つめる黄瀬に、手を眼前で振りながら声をかける。
「あっいや、なんでもないッス」と苦笑しながら、小さく肩を震わせたのが、目の端に映った。

「その…ッスね、」
「うん」
「俺、露木さんが好きッス。今すぐ俺の事好きになってなんて、言わないから、もし今…露木さんに好きな人とかいないなら、俺に露木さんの時間、ください」
「それは…どういう」

きゅ、と黄瀬があたしの手を包む。
握られていたあたしの手を開いて、指をからめて。

「俺、絶対に惚れさせてみるッスから、だから、俺と付き合って、欲しい…ッス」

真剣な眼差し。
真っ赤な、顔。

嬉しいと思ったし、握られた手に意識を向けると恥ずかしいし、あたしの顔もきっと赤い。
でも。でも。

あたしは俯いて、ごめんと、確かにそう、返した。

瞬間、黄瀬の手の力がゆるむ。
歪んだ表情が、視界の隅にちらりと映る。

「黄瀬くんとは、付き合えない」
「なん、で」

あたしは繰り返したくないんだ。
自分も疲れたくない。黄瀬も疲れさせたくない。面倒事に、巻き込まれたくもない。

嫉妬するのもされるのも。
束縛するのもされるのも。
あたしはごめんだった。

「ごめん」

だからただ、そう繰り返す。
俺のこと、嫌いっすか?…弱々しい声で、黄瀬が呟いた。
言わなきゃ、嫌いだって。そしたら、もう友達には戻れないかもしれないけど、黄瀬もあたしも疲れないですむ。

「うん、きらい」

言えた。ちゃんと。嫌いだって。
なのに。

「…嘘」
「嘘じゃない」
「嘘ッスよ」

何でこの子は引かないんだろう。
さっきまでの弱々しい声も、なくなって、何でちょっと楽しそうに口角を上げてるの。なんで嬉しそうに、あたしの手を握りなおすの。

「だって露木さん、泣いてるッス」

そんな顔で嫌いって言われても、好きだって言われてるようなもんスよ。なんて。

空いている手で目元に触れる。
ああほんとだ、泣いてる。馬鹿みたいだ。
中3にもなってなにをぼろぼろ泣いてるんだろう、子供じゃあるまいし。
だから黄瀬はそんなに嬉しそうだったのかと、目線をあげた。

「本当は?」

ぐずる子供に言い聞かせるように、黄瀬があたしの頭を撫でながら優しく問いかけてくる。
ああ、もう。これじゃ昨日と逆だ。

「…バカ」

そこで好きだと言うと、なんだか負けてしまったような気がするから、あたしはくしゃりと笑いながら呟いて。
ばかにされたのに、それを聞いた黄瀬は嬉しそうに、幸せそうに、あたしの目元に口づけを落とした。



 (あたしの負け)


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