それを君は望むのですか
HRが終わって、1限の数学が始まるまで、あと8分。
あたしはトイレの個室にうずくまって、頭を抱えていた。
昨日。昨日ですよ。
黄瀬より赤司や黒子のがよっぽど好きだとか考えておいて、このありさま。
HRの間も、自覚してしまえば、自分の前に座る黄瀬の細いくせに筋肉はちゃんとついている背中やさらさらとした髪の毛やたまに覗く首筋に目がいってしまって、集中できなかった。
おかしい。なんのきっかけも無かったはずなのに。
いや、この数日で黄瀬の見たことのないような顔を何度も見たけれど。好きだって言われて、キスまでされたけど。
あの泣きそうな顔を、何度見たことか。
同情心や庇護欲に近いものなんじゃないかとも、思う。それとちょっとした、優越感。
ああそうだ、確かに、黄瀬のあんな泣きそうな顔を見られるのは自分くらいだろう。なにかに縋るような、捨てられることを恐れる子犬のような。
自分が守らなきゃいけないのかなんて、考えてないと言ったら、嘘になる。
でもこれは絶対にアウトなパターンだ。
同情心や比護欲から生まれた恋心なんて、持続するわけがない。共倒れコース一直線だ。
なのに、なのに。
わかっているのに。
黄瀬の声が、顔が、頭から離れない。
恋は落ちるものだってか。
先人の言葉はなかなかどうして侮れない。
授業開始5分前のチャイムが鳴る。
教室に戻らなくては。でも、教室に戻ったら、黄瀬がいる。当然のことだけど。
わかってはいるのにいつもの癖なのか、時間を確認するため無意識に携帯を開いていた。
するとディスプレイに、メールが届いていることを知らせるアイコン。
ボタンを操作すれば、そのメールは、黄瀬からで。
「…、んで」
なんで。
そこに書かれていた字列を見つめ、呆然と鳴り響くチャイムを聞いていた。
ああ、やだな、また遅刻だ。
(昼休み、昨日の場所で待ってるッス)
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