飲み込めない事象 


朝、教室に入ると同時に自分より頭1つ分以上でかい男に頭を思いっきり下げられて、あたしはただただ呆然としていた。
教室中に響く、「すんませんッス!!」という謝罪の言葉。
クラスメイト達がいったい何事かと、あたしと、頭を下げている男の方をざわざわと遠巻きに見つめているのがわかる。

い、居心地、悪い。

なにはともあれこの男の頭を上げさせるしかない。なぜこんな勢いで謝られているのかわからな…いやまあ確実に昨日の図書室での件についてなのだろうけど、とにかく謝られるほどのことでもないのだし、と頭を下げる男、もとい黄瀬の肩を叩く。

「いいから、そんな全力で謝んないで」
「で、っでも、おれ」

ああ、またその、泣きそうな顔。
ぎゅうと胸が締め付けられるような気がした。

そんな顔、してほしくないのに。

「じゃあ、お昼にコーヒー牛乳買って。それで、もう終わり」
「…はいッス!」
「わかったらそこ避けてね、教室入れない」
「あ、わ、ごめんッス…」

しょんぼりとした顔で教室の入り口から避けてくれた黄瀬の横を通り、自分の席へと向かう。
その後ろからとてとてと今度は笑顔でついてくる黄瀬が、やっぱり犬みたいで、いつもそうだったら可愛いのになあと席に荷物を置いてから黄瀬の頭をちいさく撫でた。

嬉しそうに笑う黄瀬に、また胸が締め付けられた。


…疑問符が浮かぶ。

なんでこんな、ちくちくというか、なんというか。胸が痛いというか。わけがわからない。
自分の胸元を見下ろして首をかしげるあたしを見つめ、黄瀬も首を傾げていた。

「どうしたんスか?露木さん」

体を屈めて、顔を覗き込んでくる。
心配そうな眼差し、不思議そうな表情、ちょっぴり下げられた眉尻。
なんでもないと、はっきり言えただろうか。
大丈夫だと、あたしは笑えただろうか。

「、露木さん…?」


だって、なんで、やめといた方がいい。

あの日の黄瀬、あのときの黄瀬。
きっとこの人の想いを受け入れたら、この人はあたしを束縛する。がんじがらめに、ただ好きだからという理由だけで、あたしを縛る。

そう思ってるのに。
あんな出来ごと、繰り返したくないのに。


ああ、気付いてしまった。



 (胸の痛みの、理由)


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