私の特等席
屋上の柵にもたれていれば、生ぬるい風が頬を撫でる。
やや湿気ている気がするのはもう6月もすぐそこだからだろうか。
風に遊ばれた髪の毛がふわふわと顔にかかるのがくすぐったいけれど、かといってそれをはらうような気力も無く。
ただぼんやりと空を眺めていた。
放課後。青と紫とオレンジが混ざったような夕焼け。
下からはサッカー部だか野球部だかの声が聞こえてくる。それとは正反対に、屋上はひどく静かだ。
浮かんでくるのは、黄瀬の、言葉。
――俺を見て、俺の名前呼んで、お願いッス、おれ、には、露木さんが必要なんス。
考えさせて、と。
そうとしか言えなかった。
あたしと黄瀬の関係は希薄だ。
黄瀬のことはもちろん、嫌いじゃない。むしろ好き。でもそれは恋愛感情の好きではないし、言ってしまえば赤司や黒子の方がよほど、黄瀬より好きだ。あたしの彼らへの好意は、付き合いの長さに比例していると言ってもいい。
自分がそういう感情でしか黄瀬を見ていないからこそ、何故あそこまで黄瀬があたしを求めるのかが理解できなかった。
あたしは黄瀬に必要とされるような人間なのだろうか。そこまでのことを、彼にした記憶はまったくない。
「意味わかんない」
どこか遠くでチャイムの音が響く。
ああ部活も終わる時間か。最終下校までには、あたしも学校を出ないといけない。
チャイムの音とともに脳裏に浮かんだ黄瀬の泣き顔が、ひどく、哀しく思えた。
――…
「…かえで」
気付いたら、赤司が目の前に立っていた。
エナメルバッグを肩にかけ、あたしに手を差し伸べている。
「帰るぞ」
「…ん」
自分の鞄を拾い、赤司の手を取る。
何でここにいることがわかったんだろうとか、他のメンバーはどうしたんだろうとか、聞きたいことはたくさんあった。
でも、赤司があたしに何も聞かないから、あたしも何も聞かなかった。
そのまま結局、他のメンバーに会うこともなく、赤司と2人で帰路につく。
あたしと赤司の家は近い。徒歩5分くらいで行き来できる距離だ。
学校からずっと、赤司はあたしから手を離さない。
そういえば前の彼氏との関係で悩んでいたときも、赤司とこうやって家に帰ったことがあったなあと、不意に思い出す。
あの時も赤司はただ、何も言わずにあたしの手を引いて歩いてくれた。
まるで自分の後さえついてくれば大丈夫だと、なにも間違わないのだと教えるように。
何故かそれに安堵を覚えて、あいつとの事を吹っ切り、翌日あたしはあっさりと別れを告げる事が出来たんだ。
「赤司くん」
「…どうした?」
「ん…いや、やっぱいい」
「そうか」
赤司のことを、赤司くんなんて呼び始めたのはいつからだったっけ。
小学生の頃は、征十郎って、名前で呼んでたのにな。
そんなことを考えながら、あたしより頭半分ちょっと高い位置にある赤い髪の毛を眺めて、あたしは歩き続けた。
(そこが、君の居場所)
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