俺の過去1


千秋と初めて会ったのは、俺が真田忍隊に入ったばかりの頃だった。
任務中に少ししくじって、任務だけは一応終えたけど、帰ることは出来ない程度の怪我を負った。そこを助けてくれたのが千秋だった。

千秋は小さな村に住む女で、両親を幼い頃に亡くしてからは、村人に助けられつつ一人で生活していたらしい。
千秋は俺を家まで引き摺って帰り、傷の手当てをして、寝床まで与えてくれた。
黒くて真っ直ぐな髪が綺麗な、優しい女の子だった。


 *


傷も漸く癒えてきた頃には、俺と千秋は随分と仲良くなっていた。
俺が「千秋ちゃん」と呼べば、ほんの少し照れたようにはにかんで、「なに?佐助」と応えてくれる。

佐助という名前に関しては今まで何とも思っていなかったけれど、千秋に呼んでもらえるのならこれ以上なく素晴らしい名前だと思えた。
千秋の口が丸く開いて、少し窄まって、最後に笑みを模る。そうして発音される「さすけ」の名前は、妙なくすぐったさを俺に与えてくれるものだった。


だけど、俺は真田の人間だから。いつまでも千秋の元にいるわけにはいかない。
傷も癒えてしまった。そろそろ帰らなきゃいけない。そう告げた俺に、千秋は哀しそうに微笑んで、「そっか」と頷いた。
その笑みを見た瞬間に、彼女をここから奪い去りたい気持ちになった。
だけどその頃の俺は無駄に理性的で、現実的で、馬鹿みたいに良い男を演じようとしていたから。そんなことは、できなくて。

「またいつか、絶対、逢いに来るから」
「……うん」

千秋は縋ることを知らない女だった。俺は、縋り方を教えてやれない男だった。

だけど最後の日、千秋は眠る俺の袖をやんわりと引いて、泣いたんだ。
静かに泣きながら、呟いた。

「次は、わたしが逢いに行く」

俺はその言葉に、飛び上がりたいような千秋を今すぐ抱き締めたいような気持ちになったけど、寝返りをうつ振りをして千秋の手を握ることしか出来なかった。
あの時の俺は、臆病だった。……きっと、今も。


 *


千秋と再会したのは、それから何年も後の事だ。

その頃には俺も真田忍隊の長として真田軍に随分と貢献していて、すっごい多いとまでは言えないけどお給金も貰ってて。
今、千秋に逢うことが出来れば。きっと俺は千秋を幸せに出来る。
千秋のために小さくても屋敷を建ててやって、そこには誰も入れないで、二人で平和に過ごすんだ。俺は任務があるから毎日は千秋の傍にいてやれないけれど、その代わり、一緒にいるときは目一杯愛してやる。
子供が生まれたら二人の名前から文字をとって名付けたいな、なんてくだらない事も考えてみたりして。

きっと、その頃にはもう、俺もだいぶ歪んで……狂ってた。

でも臆病者なのはそのままで。
あれから何年も経ってる。千秋も俺のことなんか忘れて、他の男と幸せになってるかもしれない。他の男と子をなして、あの小さな村で、平和に生きているかもしれない。
そんなことを考えてしまうと、俺は何も行動できなかった。


だけど、千秋は俺の前に現れた。
俺が仕える城の女中として、奉公に来る形で。俺に、逢いに来てくれた。

こんな幸せなことは無いと思った!

千秋は今でも俺のことだけを想ってくれていて、俺に逢うためだけに、たくさんの苦労をしてくれたんだ。
城での千秋はとても頑張っていて、真田の旦那や大将も彼女のことを気に入ってた。
俺と千秋が仲良くしている事を知ると、二人ともいい年だし、夫婦になってもいいんじゃないかとまで言ってくれた。


千秋の為に屋敷を建てて、千秋をそこから出さないで、二人で暮らして、子をなして。
そんな空想の話が、現実となって俺の前に舞い込んできた。

俺の一世一代の告白に、千秋は綺麗な形の瞳を潤ませて、何度も何度も頷いてくれた。
「ありがとう」「嬉しい」「わたしも佐助が好き」「佐助とずっと一緒にいたい」


「これからも真田に仕える者として、一緒に頑張っていこう」


あれ?と思った。



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