あたしと俺の今3


「ひ、ま、だー」

千秋ちゃんの身体に入る形で妙なタイムスリップを体験して四日。
相変わらず元の世界にも身体にも戻る気配はなく、あたしはただただ庭や書物を眺めるだけの生活を送っている。

男はお仕事があるとかであれ以来姿を見せない。
あいつの言った通り、この屋敷にはあたし以外の人間はいなかったので余計に暇である。

部屋を出るなとは言われたけれど、あたしがその約束事を遵守する必要はまったく無いわけで。
とにかくこの身体に傷をつけなきゃいいんでしょ、と見張りがいないのを良いことにあちこち探検した。
探検をしてわかったのは、この屋敷にはあたしの暇を潰せるようなものはひとつも無いことくらいだ。


いよいよもってやることも無くなったので、屋敷の掃除をする。
大して積もってもいない埃をはたき、掃き掃除からの拭き掃除。あの人の家も純日本家屋だったから、和室の掃除には慣れている。
台所に材料があれば料理でもしたのだけど、そこには既にできあがった数日分の食べ物しか無かった。恐らくあいつが作っていったんだろう。味は美味しかった。

「掃除も終わっちゃった」

ぴかぴかになった屋敷を見渡し、溜息。

貧弱な身体がそれなりに疲労を訴えていたので、とりあえずは一旦休憩とすることにした。
畳の上に寝転がり、ストレッチや筋トレをしながら、考える。


この子はどんな子だったんだろう。何を思って、こんな寂しい屋敷に閉じこめられていたんだろう。
逃げようとは思わなかったんだろうか。この子も、あの男のことを好いてたのか。
好いている相手からなら、軟禁状態におかれても受け入れてしまうものなのか。それとも、抵抗する気すらも失せてしまったのだろうか。

考えたところで、あたしには何もわかるはずがない。情報が無ければ、推測どころか憶測も出来やしない。


よいしょっ、と立ち上がってスクワットをやり始めたところで、静かに障子が開いた。
「おかえりー」とそのままのポーズで男を迎えてやる。
男は目をまあるく見開き、口もあんぐりとさせて、穴があきそうなくらいあたしを見つめていた。

「やだー、そんな見つめられるとさざれちゃん照れちゃう!」
「っ、て、じゃなくて!何つー格好してんのアンタ!?何してんだよ!?」
「何ってただの筋トレだけど。スクワット」

ものすっごい勢いで両肩を掴まれ、真顔で返答。
両肩地味ぃに痛いんだけど、そこら辺はいいんだろうか。この男の基準ってよくわかんない。

「筋…取れ?すくわっ……何」
「……ああ!なるほど。カタカナは通じないんだね。カステラは解るの?」
「南蛮菓子でしょ、九州の方の」

半ば無理矢理座らせられながらの会話である。
そうか、戦国時代の人間には英語が通じないのか。となるとあたしの何ヶ国もの言語を扱うという素晴らしい能力を披露する機会は皆無と思える。残念でならない。

「で、何してたの」と低い声で問われたので、「筋力が衰えているようだったから、運動」と簡潔に答えた。
英語だけでなく、この時代にはまだ無いと思われる日本語も省いて会話しなくてはならないのかと思うと、辟易するね。さざれちゃん溜息しか出せない。

「そんなこと、する必要無い。それにアンタ、部屋から出たでしょ。廊下や厨が綺麗になってた」
「だって暇なんだもーん。アンタが持ってきてくれた書物も全部読んじゃったし」

部屋の隅に積まれている書物を指す。
あたしの発言に男は僅かに瞠目して、そのままの表情であたしを見つめてきた。だからそんなに見つめられると穴あいちゃうって。

「あれを、もう全部?」
「うん。見覚えあるのもちらほらあったけど、戦国時代の文献ってのはなかなかに興味深いねえ」
「……」

特に忍にまつわる資料なんてのは面白かったな。当たり障りのない内容でしか無かったけれど、やってた事が似てるからか妙に親近感が湧く。
あんな、忍術なんてものは使えないけれど。

黙り込んでいた男が、不意にクナイを手に取った。
それは当たりそうで当たらないよう、あたしの喉元に突きつけられる。「何なにーいきなり?」とハンズアップしながらへらりと笑ってみせたが、男はとてつもなく真剣な目をしていた。

「ちゃんと答え聞いてなかったなと思って。……アンタさ、一体何者なの」
「今はなーんも出来ない、か弱い乙女だよ」
「今じゃない。千秋の身体に入る前のアンタの事を訊いてんだ」

これは、どんだけかわしても追求を止めないだろうなあ。やれやれ、困った困った。


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