あたしと俺の今2


信じる信じないはどうでもいい。あたしはただ起きた現象を伝えるだけだ。
男も少なからず狂っているとは言え、嘘と真を理解出来ないほど頭を弱くしているわけではないらしい。あたしの言葉を正しく理解し、けれど飲み下すには時間がかかりそうだった。

ま、どうでもいいけど。

この千秋ちゃんとやらの身体の中にいる限り、あたしが身体的に害されることもないだろう。この男はこの子に執着をしているようだし。
当面の生活と安全が保証されるのなら何でもいい。別段元いた世界に拘りがあるわけでもなし。……あの人は居ないのだから。


「アンタ、いつ出てくの」
「さあ。そればっかりはあたしにもわかんないや」

チッと物々しい舌打ちを溢して、男が立ち上がる。どこに行くのかと眺めていれば、さっきから開け放たれていた障子へと向かっていった。

「どこ行くの」
「アンタには関係無いだろ」
「だーってここテレビもゲームもマンガも無いんだよー?さざれちゃん退屈すぎて死んじゃう。アンタが相手してくんないとつまんなーい」
「うっざ……」

障子の向こうには、ただひたすら綺麗なだけの中庭。
手入れはしっかりとされているんだろう、恐らくこの子のために。この子の目を楽しませる、ためだけに。

「つーか此処ってどこ?日本のどこら辺?あとアンタの名前、おーしえてっ」

きゅるん、とかわいこぶってみせるが、男は複雑そーな嫌そーな視線をこっちに向けるだけだった。ちぇ、と隠すこともせず舌打つ。

暫し悩んでから、男はその場にいったん腰を下ろす。
あたしに背中を向けることはない。警戒の色も消さない。勿論、あたしだって警戒は未だにし続けている。
相手が信用ならない存在だってことくらい、お互いが解っているだろう。

「此処は甲斐と信濃の中間辺りだよ。千秋の為に、誰にも見つからない屋敷を建てたんだ」
「へえ、でアンタの名前は?」
「……猿飛佐助」

ほへえ!なんて声が出た。

猿飛佐助と言えば有名な忍だ。忍だとは思っていたけれど、まさかそんな有名所の名前が出てくるとは思わなかった。架空説と実在説があるらしいが、実在してたのか。
となるとこの屋敷の立地にも頷ける。猿飛佐助とは確か、真田信繁に仕えたと言われる真田十勇士の一人だったはずだ。

いや、待てよ?てことは此処は、恐らく戦国の時代となる。戦国時代の日本人が、こんな二メートル弱もの身長を持ち合わせているとは考えづらい。それに、染めているようには見えない明るい髪色。
どうも怪しくなってきた。実はここ、某映画村のセットとかじゃないだろうか。
だけどそんなしょうもないドッキリをあたしに仕掛けるような知人はいないし。そんなことをする理由も無い。

わっかんないなー。まあ、そのうち解ってくるか。

「そいえばあたしってこっから出てもいーの?」
「駄目に決まってるだろ。その身体は千秋のなんだ。傷付けることは許さない」
「ちぇ、ますますつまんねーの。あんたも真田の重役ともなればそうひょいひょいと此処に来れないんでしょ?なんか暇潰し出来るようなもんあんの、ここ」

あたしの言葉に、またぶわりと殺気を漏らす。
そうやっておいしそうな事ばっかすんの、やめてほしいんだけどなー。こっちは綺麗さっぱり足を洗った人間な上、今は貧弱な女の子の身体だってのに。
あ、やだ今のあたしめっちゃか弱い女の子じゃん!やだーさざれちゃんちょうかわいいー!か弱いー!

「何でアンタにそこまでしてやんなきゃいけないわけ?」
「なに、じゃあ自殺していいわけ?」
「ッ……〜アンタほんっとむかつく!」
「アンタじゃなくてさざれだし」
「聞いてないし!」

なるほど、こいつはなかなか面白い男だな、と思う。
遊べば遊んだだけ良い反応をしてくれる。この男さえいてくれれば暇潰しは充分にできそうだ。

「……暇を潰したいなら何でも用意するよ。絵巻でも、書物でも、なんなら手鞠でもね」
「人は?」
「駄目」

噛み付くような勢いでの返答だった。ふうん、とも、へえ、ともつかない声を出す。

やっぱり身体が千秋ちゃんである以上、いくらかの縛りはあたしにも適用されるらしい。めんどうだなーと心底から思う。
話し相手がいるってのは重要だ。それなりなサイズの屋敷だし、女中や庭師なんかもいるのではと思ったが、考えてみればこの屋敷にあたしとこいつ以外の気配は感じない。

「此処って女中や庭師はいないの?」
「いるわけないでしょ、千秋に何をするかわからないのに」
「じゃあご飯や掃除はどうしてんの。庭の手入れも」
「全部俺様がやってる」

ほへえ!二回目。
戦国時代の忍とは、思っていた以上に優秀な存在だったらしい。あたしの家にも一人欲しいくらいだ、こいつはいらないけど。


「兎に角、アンタはこの部屋から出ないこと。その身体に傷をつけることは絶対に許さない。必要な物があれば用意する。だから早くその身体から出てって」
「だーからそう言われてもあたしにだって出方わかんないんだってば」

暫くの沈黙のあと、ふたつの溜息が空気を震わせた。


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