あたしの未来


「佐助えええ!!!!」
「さざれだっつってんでしょうが」

ぱちりと目を覚ましたあたしを迎えたのは、近すぎるにも程があるくらい近い距離にいる幸村だった。
今にも鼻と鼻がくっつくんじゃないかってくらいの距離で叫ばれては耳を塞ぐ間もない。慣れてるから別にいいけど。

「おっ、おれ、俺は、佐助が起きてこぬから、どうしたのかと思い見に行ってみれば、死んだように動かぬからっ、」
「はいはいもー泣かないの旦那。心配かけてごめんって!あたしは大丈夫だから」

ぐすぐすとあたしの首に両腕を回して泣きついてくる幸村を宥め、なんとも力の抜けた笑みを漏らす。
高校生にもなってこんなことで泣いてしまうんだから、ほんとにまったく。困った子だ。

幸村の背中を撫でながら、周囲に目をやる。
恐らく病院の個室だろう。どれだけの期間を眠っていたのかはわからないが、幸村の心配っぷりを見る限りでは結構な期間が経っていると思われる。
入院費いくらになるかなー……別に払えないこたないが、無駄な出費は無い方が良いに決まってる。


「そうだ、ゆき。お館様に会ったよ」
「臨死体験までしておったのか!!???」
「……ある意味そうなるか」

うおおおお死ぬな佐助ええええとぶんぶん両肩を揺すられる。
いや死なないし、生きてるし。あといい加減佐助じゃなくてさざれって呼んでもらいたいし。

「旦那に伝言。勉学も鍛錬も怠るな、前ばかりでなく時には後ろも見ながら進め。あとかわいいかわいいさざれちゃんに迷惑かけちゃいけないぞ!って」
「お館様……!某、分かり申した!!勉学も鍛錬も怠らず、時には背後も気にしながら歩むことを誓いますぞおおおお!!」
「あれ、さざれちゃんに迷惑は?」
「うおおおおお館様ぁぁああああ」

「……旦那に言うだけ無駄だったか」


個室内で吠える幸村に、びっくりした様子で看護師さんが部屋へと入ってくる。
そうして「あ、どーもー」と手を振ってみせたあたしにまた驚いて、ばたばたと先生を呼びに行ってしまった。

とりあえず先生が来るまでに、幸村を黙らせとかなきゃか。


「ねえ旦那」
「む、どうした佐助」

この子は本当に、何度言ってもあたしのことをさざれと呼ばないな。まあもう別にいいけど。


「もしあたしが狂ったら、旦那が止めてくれる?」


それは別に、何かを期待しての言葉じゃなかった。
なんとなく漏れた、よくわからない気持ちだ。

あたしは異性をあそこまで愛したことが無いから、あの男の気持ちが解らない。千秋ちゃんの気持ちも解らない。
相手を閉じこめてしまう程の愛情。相手のために死を選べるほどの愛情。
そうして狂ってしまうほどの感情を、もしあたしが、いつか得てしまったら。

この世界に、もう光はいないのに。


「……さざれが狂うことは無い」

幸村がそっと、あたしの頭を撫でた。
浮かべているのは、あの笑顔。全てを包容する、上に立つ者の表情。

「俺がそうはさせぬゆえ」
「っあは、旦那ってばイケメンなんだから」
「それに佐助は、一度認めた過ちを再び犯すような人間では無いからな」


思わず黙り込んでしまったけれど、幸村はもうそれ以上何も言わず、ただ微笑むだけだった。


「……そうだと、いいんだけどね」


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