俺の未来


ちょっとした任務を終えて、城へと戻ってくる。まだ日も高い。
旦那と大将は鍛錬場にいるみたいだった。そこに愛しい気配も感じて、にこやかに屋根を蹴る。

「猿飛佐助、只今戻りましたよーっと」
「おお佐助!怪我はないか」
「もっちろん。俺様がそうそう怪我なんてするわけないでしょー?」

ねー、と鍛錬場の隅に座っていた彼女に笑みを向ける。彼女の膝には白い猫が乗っていて、にゃあんと一鳴きした。
歩み寄り、猫の頭を撫でながら彼女の頬に口付けようとする。が、それは頭頂部に降ってきた鋭い手刀によって遮られた。

「ひどい千秋ちゃん!」
「場所を弁えてね、佐助」

彼女はにっこりと笑う。
「さすけ」と綺麗な唇から発音される俺の名前に、痛みを感じながらもにやけてしまった。後ろから大将と旦那がにやにやしている気配。


「さざれ、そこは居辛かろう。某と共に鍛錬をするぞ!」

俺と彼女の間に挟まれて顔を顰めさせていた猫が、嫌そうに鳴いて彼女の膝からおりた。
渋々といった様子で旦那の元まで歩んでいくのを眺め、口をへの字に曲げる。

「旦那さあ、そいつの名前やっぱ変えない?俺様、地味ぃになんか、こう、もにょっとするんだけど」
「わたしは良いと思いますよ、さざれさん。なんなら佐助に改名しますか」
「それもっと嫌!」

猫は旦那の元を通り過ぎ、大将の足にすりすりと頬ずりをする。気持ちよさそうな顔をしていたかと思えば、俺に向かって鼻で笑うような顔をしてみせた。
名前をつければ性格まで変わるってのか。むかつく。

大将の足元から旦那が猫を抱え上げる。まるで舌打ちをするかのように猫が鳴いたけれど、抵抗はしなかった。どころか存外嬉しそうに尻尾を揺らしている。


「あそうだ、千秋ちゃん、調子はどう?悪くない?」

数日前に新たな命を宿した彼女の腹を、そうっと撫でる。
彼女はくすくすと笑って、「大丈夫」と俺の手に掌を重ねた。


「産まれた子が女の子だったら、名前はさざれにしようかな」
「いやいやいや、俺様絶対嫌だからね!俺と千秋ちゃんから一文字ずつ名前とるの!!」
「冗談通じない男ってやんなる」
「エッ!?」

まるでアイツのような言い方に、全身が強張る。
暫く顔を顰めさせていた彼女が不意に表情を緩めて、俺の頬をつっついた。

「いつまでも佐助の後ろで大人しくしているだけの女じゃないからね、わたし」
「……あー、そういや千秋ちゃんて、元々結構お転婆だったもんね……」

思わず脱力してしまう。

あの日、俺が動く間もなく、俺の懐からクナイを奪い取ったアイツの行動。
中身が忍のような存在だったとは言え、身体は畑仕事や女中仕事しかしてきていないような女の子だ。それを可能にしたのは、アイツがやってたきんとれ、とかなんだろう。
おかげで今でも彼女は、妙な素早さとただの女中にしては強い力を持っている。何故か鍛錬を怠らないのもあって。

「千秋ちゃんさあ、一体どこを目指してんの」
「それはもちろん、さざれさんみたいな女性だよ」
「俺様やだからね……あんな五月蠅い女に千秋ちゃんがなるの……」

えへんとでも言うように力こぶを作ってみせる彼女に、力無く笑った。


まあ、こうやって、千秋が少しでも強くなるのなら。
俺の心配も、多少は減るのかもしれない。



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