あたしと俺の今14


力尽くでクナイを奪ってくるかと思いきや、男はへなへなとその場にへたり込んでしまった。動けずにいる猫が、首だけを動かして男を見やる。

「千秋、ちゃん」

千秋ちゃんの身体の中にいるのが、千秋ちゃんじゃないことくらい解ってるはず。
それでもその言葉に、姿に、千秋ちゃんを重ねるなと言う方が無理があって。
呆然と項垂れる男の元へ、静かに猫が歩み寄った。膝の上に乗り、目尻を舐める。泣いているのかどうかの判別は、あたしの位置からはできなかった。

「――現実に引き戻すようで悪いけど」

素に戻って口を開く。男は反応しない。

「アンタさ、わかってんでしょ。自分が間違ってるって、こんな狭っくるしい世界に千秋ちゃんを置いてて、彼女が幸せになれないことくらい」

暫く黙っていてやったが、やっぱり反応しないので言葉を続ける。

「このままだと今あたしが言った通りになるよ、断言する。佐助が千秋ちゃんを閉じこめ続ければ、千秋ちゃんは佐助の為に己の命を絶つだろうね。

 ね、千秋ちゃん」

問いかけに、猫が鳴いた。音は高いはずなのに、いやに重々しい鳴き声だった。
男が呆然としたままの表情で、猫を視界に映す。


「正直なとこ、あたしだってアンタが何しようと関係無いと思ってる。あたしとアンタが同じだってお館様は言うけれど、どう見たって別人だし。千秋ちゃんの事だって、可愛いとは思うけどアンタ以上に無関係な人間じゃん?何でそんな二人を幸せにするために、あたしが苦心してやんなきゃいけないのさ、って感じ」
「……なら、帰ればいいじゃん。千秋の中から、出てって、」
「それが出来たら苦労しないっての」

男の手が優しく、猫の背を撫でる。
戸惑うように猫の尻尾が揺れて、でも、猫は男から離れなかった。

あたしはクナイを畳に置き、腰を下ろす。


「でも、アンタも千秋ちゃんも、幸せになれる方法を知ってるはずだよ。二人とも眩しい世界に居るんだから。幸せになれる人間がそれを拒むのは、やっちゃいけない事だ」


男はもう、あたしを見てはいない。

猫だけを静かに見つめていて、猫も男を見つめていた。
にゃあ、と微かに甘えるようにして、猫が鳴く。なんとも言えない顔で、男もにゃあと鳴いた。有り得ないのだけど、それだけで会話は成立しているみたいだった。


男の左手が、何かの形を作る。室内に、気持ちの良い風が吹いた。


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