あたしと俺の今12


なんとかしてあげると言ったはいいものの。どうしたらいいのかは今のとこ全然わかってない。


狂った人間を元に戻す、だなんて。不可能に思えてならないんだ。
狂う人間には狂うだけの理由がある。その理由は本人の、今まで歩んできた道もこれから歩むはずの道も見えなくしてしまう程のもので、盲目となった両目には、きっと明るいか暗いかくらいの差しか解らない。
そんな人間を導けるとしたら、光しか無いんだ。きっと。

あたしにとってのお館様。男にとっての千秋ちゃん。
影同士は、寄り添うことは出来ても、互いを導くことは出来ないと思う。


でも、前世の、とはいえ自分だ。あの男は紛れもなくあたしで、そしてあたしじゃない。
本質が同じだとしても、望月さざれという人間ではない。
あたしはお館様と幸村のおかげで眩しい世界に住むことができた。なら、もう少し頑張れば、あたしだって誰かの光になれるんじゃないか。


「…………」
「……なにその目」
「いや、別にぃ」

何でこのさざれちゃんがこんな男の光になってやんなきゃいけないんだ。
そう思ってしまうのも無理はない。

この屋敷は、男の自己満足の世界だ。
好きな子を幸せにしたいんじゃない、自分を幸せにしたい。
好きな子を守りたいんじゃない、自分を守りたい。
誰かの大切なモノを壊す仕事をしながら、自分の大切なモノだけは絶対に壊されたくないと願う。
くだらない、でも、きっと仕方のない感情。
そこまではわかるんだけどね、理解も納得もできる。

でもこの男は、千秋ちゃんを幸せにしたいと、千秋ちゃんを守りたいと口にする。
千秋ちゃんを傷付けて不幸にしてるのは、他でもないこの男なのに。


……ああでも、あんまこの男のことを悪く言うと、千秋ちゃんは怒るんだろうなあ。
ほら、今もあたしの考えを察したのか、じとりとした目で猫がこっちを睨んでいる。それでも可愛いもんだけど。


「ねー佐助ちゃん」

ごめんねと言うように猫の鼻先を撫でて、名前を呼ぶ。
男は億劫そうにあたしへ視線を投げかけた。

「あたしの一番最悪な記憶ってさあ、多分、育ててくれた女が死んだ時なんだよね」
「は?」
「んで、一番幸せな記憶は、あたしを導いてくれた二人と過ごしていた数年間」

訝しげな視線から避けるように、猫と視線を合わせる。
猫も、不思議そうに首を傾げていた。
あたしは小さく笑う。

「教えてあげたんだから、佐助ちゃんの最悪な記憶と、一番幸せな記憶。教えて?」
「……アンタのこと知りたいなんて言ったこと無いんだけど。興味も無いし」
「いーからいーから!さざれちゃんからこんな話するなんて珍しいんだぞー」

男は黙り込む。
静かな空間に、猫の促すような鳴き声だけが一回響いて。……男がぽつり、呟いた。


「最悪だったのは里にいた時……いや、抜けた時かな。幸せだったのは、」

猫が、あたしの手からするりと抜け落ちていく。


「――城で働く千秋ちゃんと、笑い合ってたとき」


ふたりとも、ないてるみたいだった。


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