あたしと俺の今10


あたしの意見を尊重し、廊下で待ってくれている幸村に心の中でお礼をする。

お館様の寝所へと入ってきたあたしの姿を見て、お館様はゆるりと表情を作った。全てを理解している、彼らしい笑みだった。


「三ヶ月ぶりですね、とでも言えばいいですか」
「儂もこう上手くいくとは思っておらんかったのだ。そう食ってかかるな、佐助」
「出来ればさざれちゃんって可愛い名前の方で呼んで欲しいんですけど」

佐助と呼んで欲しがったりさざれと呼んで欲しがったり、我ながらわがままだとは思う。
でも、この人は特別なんだ。あたしはこの人に、あたしという人間の名前を呼んで貰いたい。

「……久しいな、さざれ。幸村は元気で居るか」
「高校で女生徒にモッテモテですよ。お館様の死を悼んではいましたけど、まあ概ねゆきらしく元気にやってます」
「ならば儂も安心だ」
「っじゃなくて。何なんですかコレ、一体どういうことなんですか?ていうかお館様、どんな時空の行き来してんの?」

なんか感動の再会的な雰囲気を出してしまったけれど、そういう話をしに来たんじゃない。

この世界に来てから、どうにもお館様の気配を感じる気がしていけなかった。ゆえにあたしは、この摩訶不思議な現象を彼の人の手によるものだと考えた。
程なくしてそれは確信と変わり、結果、今あたしは此処にいる。

何であたしの意識を千秋ちゃんの中に入れたのか。千秋ちゃんの意識は今どこにいるのか。あたしの身体はどうなっているのか。
この時代のお館様と、あたし達の時代のお館様は、一体どう繋がっているのか。

それら全部説明してくれるまで、さざれちゃん帰んないですからね!と畳を軽く叩く。
目前のお館様はそんなあたしを見て、快活に笑った。涙が出そうになるくらい懐かしい笑い声だった。


「この時代の儂と、さざれと出会うた時代の儂は、何故か意識を共有しておった。……記憶、と言うべきか。どうにも儂の生は廻っておるようでな、この世で生を終えれば、彼の世で生まれる。彼の世で生を終えれば、再びこの世で生まれる。そうやっていくつもの生を歩んできた」
「うげえ、気が狂いそうですね」

あたしならそんなん、耐えられるかどうか。
だからこそ、この人はこんなにも懐がでかいのかと納得はするが。

「廻っておるのは儂だけではない。幸村と佐助もだ」
「……は、」
「佐助、つまりお主もだぞ」
「は…………」

はあ。なんとも気の抜けた声が出た。

「……てことは、やっぱあの佐助ちゃんって、所謂前世のあたしって奴なんですか」
「そうなるな」
「ウッワアァ〜……最っ悪」

心底からげんなりとした表情を浮かべたあたしを、お館様は元気いっぱいに笑い飛ばす。
お館様ー、今割と遅い時間ですよー。もうちょい静かにしよー。


出会った当初から似ている似ていると思ってはいたけれど、まさか本人だったなんて事実を突きつけられては、もう笑えもしない。
えーあたし自分のことおいしそうとか言ってたって事になるじゃーん、何この恥ずかしさ。土に穴掘って埋まりたい。

お館様みたいに記憶を受け継いで転生することもあれば、記憶も無いわ性別も変わるわなんてこともあるらしい。曰く、お館様や幸村も女だった時代があったらしいし、お館様自身、他の時代の記憶を持たずに生を終えたこともあったそうだ。
あたしはその話を、何とも言えない気持ちで聞く。

方法はどうあれ、お館様があたしを此処に呼んだのは明白だ。
きっと、女の佐助じゃなきゃいけなかった。そうじゃなきゃいけない理由があった。


「……三つ前の戦国の世から、佐助が狂い始めたのだ」

お館様はぽつりぽつりと話し始める。
それまでの佐助は、幾らかの闇を抱えてはいても、概ね普通に生きていたらしい。無論、お館様が死した後のことは知り得ないが。

けれど、三つ前の戦国の世で、佐助は千秋という女に出会った。立場や状況に差はあれど、それは必ず千秋という名前の、黒髪が綺麗な優しい女で。
佐助と千秋は必ず恋に落ちた。互いが互いを想い合う、温かな恋情であるはずだった。

「一回目は、千秋が夜盗に殺された。佐助は物言わぬ骸となった千秋を抱え、儂らの前から姿を消した。全ての戦が終わった後だった」

「二回目は、村の男に襲われた千秋を、佐助が助けた。佐助は村ごと全てを壊滅させ、千秋をも殺した。これが最もむごい出来事だった。佐助は全ての戦が終わった後に、千秋の守り刀を使って自害した」

「三回目は、記憶を持っていた佐助が何かが起きる前にと千秋を監禁した。千秋は見知らぬ男に監禁された事実に怯える中、しかしやはり佐助に恋をした。しかし、境遇に耐えきれなかったのだろう、千秋は佐助が任務に出ている間に自害した」

「そして四回目が、今だ」


あたしはそれらを、もう耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいになりながら聞いていた。
佐助が自分と同じ存在であることを聞かされたのちに、この話はきっついものがある。きつすぎる。どう言えばいいのかわからないこの、なに。罪悪感というかなんというか。


「儂は千秋と佐助を救ってやりたい。二人が幸せに、穏やかに、笑んで暮らす道を示してやりたい。しかし儂にも手が出せないところまで来てしまった。ゆえに、お主に託すこととしたのだ。……さざれ」
「相変わらずお館様ってば無茶言う〜……いくら優秀なさざれちゃんでも出来ないことはありますよ。他人の意志を変えるだなんて、そうそう出来ませんて」
「それがさざれなら出来ると思うたからこうしたのだ」

思わず赤面してしまい、黙り込んで、「買いかぶりすぎ」とぼやいておく。

でも、お館様にこう正面きって言われてしまえば、あたしはもうどうにか行動する道しか見えていなかった。
あの男と千秋ちゃんを幸せにするためには、どうすればいいのか。

「……っていうか、千秋ちゃんの意識はどこに?あとあたしの身体、大丈夫なの」
「千秋の意識ならばここにおるぞ」
「は?」

にゃあん、と布団の中から猫が出てくる。真っ白な毛に、くりっとした黒目が可愛い、細身の猫だった。
呆然として猫を指さす。お館様が頷く。あたしの身体を指してから、もう一度猫を指さす。
やっぱりお館様は、真顔と笑顔の中間のような顔で、頷いた。

「さざれの身体も問題は無い、眠っておるだけだ。幸村が拾い病院に連れてくであろう」
「なんか、もう何も言う気が起きないわ……」

猫だけが再びにゃあんと鳴き、あたしの指先を舐める。
謝るように見えた行動に力無く笑えば、次の瞬間、障子の向こうから歯軋りの音が聞こえてきた。


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