あたしの過去4


大学病院に侵入してお館様のカルテをコピーし、だいたいの病状を把握する。
それからは家に篭もったり方々を飛び回ったりして情報をかき集めて、意外にもその病を治す薬なんてものは呆気なく手に入った。
確実に効く、とは断言できないが、まあこれ以上悪くはならないだろう、くらいの根拠はある。あと二年で死ぬだろう病が薬を飲み続けるだけで治るかもしれないのだから、まあ飲んでて損は無いだろう。

そんな程度のものだったのだけど、お館様は一年たらずで綺麗さっぱり回復した。
プラシーボ効果もあったんじゃないかとうっすら思う。この人、割と思いこみ激しそうだし。

お館様の病が治ったことに関して、病院側もおっかなびっくりしていたそうだ。そんな話を豪快に笑いながらしてくれるお館様を、幸村と共に眺めていて、気が付いた。


この一年で、あたしはすっかり、彼らの色に染められていた。


「……どうした、佐助。唐突に黙り込みおって」
「、え?あー、いや、……もうお別れかあと、思いましてね」

依頼が依頼だったものだから、随分と長い時間を傍で過ごしてしまった。
金を受け取ってしまった以上、あたしはお館様の病が治るまで、彼の傍にいなくてはいけない。だから、こうなった。

依頼人とも、標的とも、近付きすぎないのが一番良い。そうわかってたはずなのに。
脳裏に浮かぶのは、焼け死んだ女の姿。傍らの男と指先だけで手を繋いで死んでいた、母とも呼べる女の姿だった。
……あたしは、ああはなりたくない。
道具のまま、道具らしく、何も考えずに生きていきたい。たくさんの金に囲まれて、自分のために、何でも売って、全てを欺いて、色んなモノを壊して。
そうやって生きてきた自分が過ごすには、此処はあまりにも眩しすぎた。だからうっかり、色んな事を忘れてしまっていた。


あたしの言葉に、幸村が泣きそうに顔を歪めて飛びついてくる。
この一年の間に随分と成長した身体で飛びつかれては、あたしもバランスを崩さざるをえなかった。よろけつつ、つい抱きとめてしまう。
ああ、本当はここで、突き放さなきゃいけなかったのに。

「嫌だ!!佐助は、某たちと共にいるのだ!某は、佐助と離れとうない!」
「そう、言われてもねえ……旦那」

困っている自分を認めたくない一心で、なのに幸村を突き放すことが出来ない。
あたしは道具だから、感情を持たないはずなのに。触れる幸村の体温があったかくて、それが無性に嬉しかった。哀しかった。さみしかった。

いやだいやだと涙を流す幸村の肩に、呆然と両手を添えたまま固まる。突き放すことも、抱き上げてやることもできない。

そんな自分が、これから、道具として何を出来ると言うんだろう。
転がり込んでくる依頼には、幸村と同じ年の子供を殺すことだってある。お館様のような人を破滅に追い込むことだってある。
あたしは、それを、こなすことが出来るのか?

「……さざれ」
「っ!」

あたしの頭に、お館様の大きな掌がのる。
呼ばれた本名は、彼らに告げてはいないはずだった。驚き、肩を跳ねさせたあたしを、下から幸村が不思議そうに見上げる。

「お主は自分を、何だと思っておる?」

数秒、言い淀んだ。

「……あた、しは……。……感情を持たず、誰に心を向けることもなく、与えられた仕事だけを忠実にこなす、誰にとっても便利で、誰にとっても扱いづらい道具として、生きてきた」

そう、ありたかった。

「佐助は道具などではない!こんなにも温かい、血の通っている人であろう!」

幸村があたしの背中を何度も叩く。あの日、何度も叩かれていたドアのように、背中が軋んだ。
だけど抵抗ができない。
お館様から、そっと笑う気配がする。

「幸村はこう言うておるようだが。儂にも、さざれは人にしか見えぬなあ」


その言葉は、あたしが受け入れるには、とても難しいものだった。

だって、あたしは今まで、道具は道具のままでいい。九十九神になどならなくていい。ましてや人になど、なり得るわけがない。そう考えて生きてきたんだ。
道具であるはずの存在が、道具には持ち得ないはずの感情を抱いた結果がどうなるのかを、目の当たりにしたんだ。
あたしは、ああはなりたくないと思った。人になって死ぬくらいなら、道具として使われ続けたかった。

なのに、だけど。


「……っは、アンタらほんと、意味わかんない。むかつく、のに、何でだろ。……すっごいうれしい」

もう癖になった笑顔を貼り付けたまま、ぼろぼろ涙がこぼれていく。その涙は全部幸村の頭の上に落ちて、幸村が慌てたようにあたしの顔を叩いた。
せっかく良いシーンだったのに、ぅぶっ!なんて変な声があたしの口から漏れ出る。
きっと今、あたしの顔には綺麗な紅葉が咲いていることだろう。

「何すんの、旦那。痛いんだけど。涙引っ込んだわ」
「お、おお……ならば良かった!某は、佐助が泣いているのを見るのが初めてだったゆえ、つい驚いてしまってな」
「ならば良かったーじゃねえっつの!どうしてくれんのこのさざれちゃんのスーパーキュートな顔に咲いた紅葉!」
「それでも佐助は美人であるぞ!」
「うっさいわちびゆき!」
「ち、ちびではござらぬう!!」


 *


その日以来、あたしは人となってしまった。
道具であることをやめたと同時に、お館様の力添えもあって、暗ぁい世界からも綺麗さっぱり足を洗った。
それは随分と難しいことだったけれど、元々情報操作なんかも仕事のひとつにしていたあたしだから。まあ最後の最後、一番難しい仕事が出来たんだと思えば、それも楽しいものだった。

それ以降はあんだけ「絶対住めないわ……」と思っていた田舎町にある、お館様の屋敷で幸村と共に過ごすこととなる。
屋敷全体の家事はあたしが取り仕切ることとなって、お館様と幸村とあたしの三人と、数人のお手伝いさんたちと、平和な数年が続いた。


お館様は御年七十九歳で、眠るように息を引き取った。
百歳まで行くだろうと思っていたけれど、まあ、病のように苦しまずに、眠るような最後だったのであたしも幸村も泣いてはいない。

「さざれ、幸村。お主らと再び会えた今生、とても有意義なものであったぞ」

それがお館様の最期の言葉で。まるで前世でも会ったことがあるかのような物言いに、幸村と二人、頭を悩ませたものだ。
だけど、この人と来世でも会えるとするのなら。これ以上の幸せはないだろう。


あたしが二十六歳、幸村が十七歳の時。
そしてあたしが妙なタイムスリップを経験する、三ヶ月ほど前の事である。



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