あたしの過去3 子供に手を引かれるまま、電車を乗り継ぎ、辿り着いたのは郊外の静かな土地だった。緑豊かな、と言えば聞こえはいいが、つまるところただのクソ田舎である。 コンビニも無ければ見覚えのあるスーパーだってない。田中商店、だの山村ストアー、だの、いかにも個人経営です〜!って感じの店がちらほらと見えるばかりだ。いつ潰れてもおかしくないくらいぼろっちい店なのに、潰れないのは物を買える店がそこにしか無いからだろう。 絶対こんなとこには住めないわ。 そう思いつつ、コンクリで舗装すらされていない道を迷い無く歩いていく子供の後を追う。 ……はあ、サンダルじゃなくてスニーカーで来れば良かった。 辿り着いたのは、田舎の豪農だろうかと思えるほど大きな屋敷だった。塀に囲まれ、立派な門も構えている。 思わず唖然としてしまうあたしの手を力一杯引っ張って、子供は慣れたように門をくぐった。 ははあん、なるほど。この子供、金持ちの息子か。だとするとあの大金にも頷ける。 下手をすれば金庫辺りから勝手にかっさらってきたお金かもしれない。何を言われるかわかったもんじゃないから、手を付けるのは暫く後にしておこう。 「お館様!お館様!!さすけを連れてまいりましたぞ!」 「ちょっとちょっと真田の旦那、病人の部屋にそんな大声あげてどたどた走ってくのはどうなの」 「ぅおっ、そ、それもそうでござるな……」 勢いを付けて走り出した子供を抱え、軽く叱りつける。子供は案外あっさりと頷いて、やや項垂れるように力を抜いた。 仕方なしに抱えたまま、お館様の部屋はどこなのかと問いかける。 子供の案内を受けて、屋敷の中を静かに歩いた。大きな屋敷の割に人っ気は無く、感じられる気配も自分達を入れて五〜六人そこらといったとこだ。 外見だけを整えられたまま、実際は落ちぶれてしまった家なのかもしれない。それか単に、時間帯の問題か。 「ここでござる」 「はいよー、お邪魔しますよっと」 子供をおろして、襖を開く。 その先にはひっそりとした空間の中、布団に横たわる男の姿があった。頭はハゲているが、体格自体は病人とは思えないほどがっしりしている。背丈も随分とあるようだ。 偉丈夫、という言葉がここまでしっくりくる男もそうそう居るまい。 そんな男が病に伏しているというのだから、世の中とは難儀なものだ。 まあ、あたしには今のとこ、同情しかできないのだけど。 「、おお……幸村か。そやつが佐助、……か?」 「はい!まちがいありませぬ!」 「ほお……そうか、そうか。佐助、儂にもっと顔を見せよ」 「はあ、」 歩み寄り、男のかたわらに片膝をつく。そこで、あれ、と気が付いた。 あたしは両膝をつけようとしたはずだった。なのに身体が勝手に、まるで昔、絵巻で見た忍のような体勢で、片膝をついたのだ。 妙な違和感を抱きはした、それだけのことだったのだが。 「現代医学では治せない病にかかっているとお聞きしましたが」 「うむ……難儀なものよな。どうやら儂と病は、切っても切れぬ縁にあるらしい」 「……以前にも病に?」 「遠い、遙か昔の事だがな……」 ふうんともへえともつかない言葉を返し、とりあえず全身の状態を眺める。 筋肉の衰えも少なく、肌の色も悪くない。爪や皮膚にも異変は見あたらず、パッと見にはさしたる問題も無さそうだった。 男の雰囲気から察するに、気力で病をもねじ伏せてしまう体質なのだろう。打ち勝てるわけではないが。 「通院している病院をお聞きしても?」 「市内の大学病院だ」 「余命とかって言われてます?」 「ッさすけ!!!」 食ってかかるような勢いで子供が飛び込んできたので、おっと、と思わず避ける。 そのまま畳をごろごろと転がっていった子供を見ていれば、泣いてんだか怒ってんだかって顔であたしを睨んでいた。畳で擦ったらしい頬が痛そうだなと思う。 「よい、よい。落ち着け幸村。……そうだな、余命か」 幾らかの間をあけ、残り二年ほどだと男は告げた。 子供は歯を食いしばって、今度は畳を睨み付けている。ぽたぽたと、涙がこぼれていた。 二年。今のあたしには、長いとも短いとも取れる期間だった。 この男にとって、あの子供にとって。それは長い時間なのだろうか。短い時間なのだろうか。 「……そいえば、えーとお館様?ってお歳は幾つで?」 「先月古稀を迎えたばかりよ」 「古稀……って七十ぅ!?嘘だぁ!詐欺だろ!」 思わず声を荒げてしまう。せいぜい五十かそこらだと思っていた男が七十と聞けば、驚くのも無理はないだろ。 つーか七十歳で病気になったんだからもう充分大往生だろ。今から無理して無駄な金はたかずに、その金で余命をいくらか楽しく生きればいいのに。 ……ってのは、まああたしの主観でしか無いんだろう。 子供は涙を流すほどに男の死を拒んでいる。恐らく、男もまだ死にたくないと願っている。 「お館様?アンタはまだ死にたくない、病を治したいと思ってらっしゃるんですよね」 「……そうだな。儂はまだ、教えるべきことを幸村に伝え切れておらぬ。それに」 「それに?」 「お主にもだ、佐助」 その言葉は、あたしの想像を遙かに越えるものだったはずだ。理解できないものだったはず、なのに。 何故だかすとんと、あたしはそれを理解したのだった。 ← → 戻 |