あたしと俺の今7


男は行きと同様にあたしを抱えて、帰路につく。

日も落ちて外灯も無いというのによく迷いなく進めるなとは思ったが、よくよく考えてみれば過去のあたしも似たようなことをしていた。
影に潜む存在にとって、光ほど厄介なものはない。良い意味でも、悪い意味でも。


「ねえ、アンタ、真田の旦那を知ってたの」

城を出てからずっと黙りだった男が、唐突に口を開いた。
あたしが城についたとほぼ同時に、幸村の名を呼んでしまったことについて問うているんだろう。疑問の形をとりながら、殆ど確信に近いものをもって。

「……幸村様、って存在は知らない。ただあたしのいたところに、まったく同じと言っていい子がいたのは確かだよ」

問いかけておきながら、男はあたしの返答に何も言わなかった。
別に期待したわけじゃないけど、そんな対応されるとちょーっと寂しくなっちゃう。くすん。

それからはまた風を切る音だけが鼓膜を揺らして、その内目ぇ乾燥しそうだなーと思いながらもあたしは周囲に視線を向けていた。

これから何がどうなるか解らない。得られる情報は少しでも多い方がいい。


 *


信玄公と幸村に会ってから数日。あたしが千秋ちゃんの身体に入ってから、もうすぐ一ヶ月が経つ。
時が過ぎるのは早いものだと思う。
一月も経てば、もう充分じゃないかと思うのだ。あたしがあの男に何かをしたわけじゃないが、何かをする義理もない。

そろそろキリも良いだろう。あたしは早く、"元の姿に戻りたい"。

「ねえ」
「なーにー?佐助ちゃん」
「その呼び方やめてくれる」

せっかくかわいこぶってやったのに、本当、つれない男だ。

改めて何の用事かと問えば、男はこれから半月程の任務にあたるのだと告げられた。
その間の世話は出来ない。割かし重要且つ難しい任務なので、分身を置いていくことも出来ない。そこまで告げられて、こいつ分身なんて出来んのかと僅かに驚く。
戦国時代の忍ってこわぁ。

「とりあえず食材は保つようにしとくけど、その間、絶対外に出ないこと。怪我をすることも許さないからね」
「仮に怪我をしたとして、なんか処罰があるの?」
「一晩中枕元で恨み言を呟き続ける」
「わー…それはさすがのさざれちゃんも怯えちゃう……」

男は無駄に丁寧な字で、わざわざ約束事を紙に書き、部屋の壁に手裏剣で貼り付けた。
ぱちぱちと拍手してみせるあたしに、顰めっ面をよこしてくる。鼻歌でかわしたが、意味はあっただろうか。

「アンタの行動が千秋を傷付ける事になったら、アンタが此処からいなくなったとしても、地の果てまで追いかけて殺すからね」
「やだそれすっごい魅力的」
「……アンタと話してるとすっごい疲れる」

それはお互い様だと思う。


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