暮れない記憶3



翌朝、勝手に触るのもどうかと思ったけど早く起きてしまったのだし、とあたしは台所に立っていた。

夜は居間のソファーでぐっすりとはいかないまでも眠り、ふと目が覚めたのが朝の5時。それから30分くらいごろごろと天井を眺め、これが夢ではないことを自覚。
千果はまだぐっすり眠っていたから起こさないようにそっと居間を出て、トイレを借りてから、冒頭に戻る。

ご飯はどうやらタイマーでセットしていたようだからおっけー。
冷蔵庫を見させてもらえば、イチゴ牛乳のパックが2つ目に入って思わず笑った。ていうかこの冷蔵庫卵ありすぎじゃね?10個入りが3パックもあるんだけど。
野菜はほうれん草とにんじん、たまねぎ。他には豚肉が見つかったので生姜焼きでも作るかと袖をまくった。すぐにずり落ちてきた。

「割と調味料揃ってんだなあ」

ぱかぱかとあちこちの戸棚を開けたり閉めたりしつつ、どこに何があるのかを確認。
フライパンと鍋を引っ張り出して、みそ汁と生姜焼きの準備。野菜は適当に切って、ほうれん草はおひたしにするためラップにつつんで電子レンジにぽい。
30分ほどで朝ご飯の準備があらかた終わった頃、床のきしむ音がして台所の入口へ振り向いた。

「…なァんか良い匂いすると思ったら」
「あ、おはようございます銀時さん。すみません、勝手に台所お借りしちゃって」

ふわあと大きなあくびをしながら、頭をがしがしとかいている甚平姿の銀さん。とりあえず礼儀上の挨拶と謝罪を告げれば、「むしろありがてーわ」と小さく微笑まれた。
うわやっぱ銀時かっこいいわ…心臓ときめいた…。今の状況もなんか新婚ぽくてよくね!?テンション上がるね!

その頃のあたしは、これが後に日常になることをまだ知らない。

「なに作ってんの?」
「生姜焼きと味噌汁を…あとほうれん草のおひたしです」
「はー…すっげ。こんなちゃんとした朝飯食べんの久しぶりだわ。いい拾いモンしたな」
「拾いモンて」

思わずツッコむ。
にやりと、さして悪いと思ってないだろう表情で適当に謝ってくる銀さんに肩をすくめ、もう少しで出来るから居間の方にいてくださいという言葉をため息と共に吐き出した。
それに応え、台所から銀さんは出て行く。はあともう一度ため息をついて、コンロの方へと向き直った。

と、不意にまた床が軋む音。なんだイチゴ牛乳でも取りにきたのかと振り向こうとすれば、ぽすん、頭に手をのっけられた。…はい?

「あ、あの銀時さん?」

振り向く前に手を置かれてしまったから姿は見えないけど、間違いなく銀時だ。
混乱気味の脳内で声をかけるが、返答は無い。…なになにこええんだけど。暫くだんまりだった銀さんはようやく声を出した、けど。それは今言う必要があることなのかは、あたしにはいまいちわからなかった。

「銀時でいい、そう呼べ。敬語もいらねェ」
「…はあ、」

これはまあ、嫌われてないと思えばいいんだろうか。疑問符を浮かべながらも口角は勝手に上がる。嬉しい。

「その格好じゃ外にゃ出られねーだろ。昨日着てたあの服じゃ目立っちまうし…後で着物買いに行くか」
「い、や、いやそこまで迷惑はかけられませんよ。これだって、ちゃんと着れば外でも問題ないでしょうし」

ああでもあたし着物の着方なんか知らないんだった。この世界はまだ着物主流みたいだし、覚えておくべきかなあ。なんて、思うだけ。
そんなことを考えていたら「敬語」とだけ銀時が口にした。ああ、なしでいいんでしたっけ?

「…あたし、着物の着方わからないんで。後で銀時、ちゃんと着させて?」

頭にのせられたままだった手を掴んで避けながら、銀時に目を合わせて薄く微笑む。
今までたくさんの男に見せてきた、誘う顔。銀さんって意外と経験豊富そうだし、意味ないかなあとは思ったけど。
予想に反してというべきか、銀さんはにまりと楽しそうに笑ってあたしの頬をひっぱった。

「ガキが生意気なツラしてんじゃねーの」
「こう見えて20歳ですよ」
「ハァ!?うっそォ!?」
「素でびびってんじゃねーよ」

どうせ童顔だよちくしょう。まあ二十歳では無いけどな!
ちなみに千果も同い年だと伝えればさっきの倍くらいは驚いていた。神楽ちゃんとタメくらいかと思ってたって。まああいつ神楽ちゃんより小さいしな。

「時間もいいくらいだし、ご飯にしよ。神楽ちゃんと千果ってもう起きてた?」
「神楽もそろそろこの匂いに釣られて起きてくんだろ。あのちっこい奴は俺が通った時にはまだぐーすか寝てたけど」
「千果のどこでもぐっすり眠れる体質には尊敬を覚えるわ…」

あたしなんか何度も目ぇ覚めたってのに。
自分家の枕とベッドが恋しい。もう二度と会えないんだな彼らには…。

「なに、お前昨日ちゃんと眠れなかったの」
「…あー、目が冴えちゃって」

まあそれだけじゃないんだけど。
…もう何時間煙草吸ってないことやら。煙草吸いたくて割と今もイライラしてる。ヘビースモーカーなのをこんなに後悔したことはない。…後で煙草買いに行くんだ…お金は多少持ってるから…。

「なら起こしてくれりゃ良かったのに」
「さすがにそれは出来ないよ、銀さんぐっすり寝てたし」

いびきすげえ聞こえてきてたし。昨日晩を思い出しながら、苦笑をこぼす。
銀時はぽりぽりと頬をかいて、またあたしの頭を撫でた。

その視線が意味するものは、はたして。



(ところでこれフラグ立ってるって思っていいんです?)

 
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