暮れない記憶2
「いやいやいやめっちゃ空!たっか!!空から落ちるとか懐かしすぎる展開にも程があんだろ!!」
「紐無しバンジィィィイ!?とかって叫んどけば銀魂っぽくなるかな!!」
「るっせえンなこと言ってる場合か!」
2人してぎゃーぎゃー叫んでいる間も落下は止まらない。ぐんぐんと近付いてくる地上。おお江戸の町並みだーなんて思う間もなく、恐怖に顔が引きつる。え、これ死ぬくね?
あと数メートルで地面とごっつんこ、そしてデッドエンド、ってとこで猛スピードの落下は急にふわりとしたものに変わり。
あたし達はすとん、と着地した。ただし尻は打った。痛い。
「あいたたた…」
「もうちょっとやり方あんだろ…」
落ちたのは、どこかの路地裏らしい。薄暗い道と、ゴミの臭いがする。
ぽつりぽつり、雨が降ってきた。それはすぐに土砂降りに変わって、げんなり。こんなんありか、帰りたくなってきたわ。…あっ死んでたあたし。
「どうする?史紀」
「どうするっつってもここどこかわかんないし、つーか尻痛い」
「私も腰打った」
体がどんどん濡れていくのも気にせず、そのまま壁にもたれてため息。
そこまで寒くないってことは、時期は春夏くらいだろうか。梅雨時なのだとしたら、この腹立たしい雨にも頷ける。
どんよりと曇った空、土砂降りの雨。こっからどうしますかねえと思考を巡らせていたら。不意に、雨が途切れた。
「変わった格好してるな、こんなとこで濡れてたら風邪ひくぞ」
それはなんというか、予想外だった。
こんなの絶対、気にはしても、話しかけてまではこないだろうと思っていたから。
でも、優しい人だもんな。…やっぱり、嬉しかった。
傘をあたし達に傾けてくれたのは、漫画やテレビの中で何度も、飽きるくらいに見ていた。坂田銀時、その人だったから。
「…ちょっと、困ってて」
苦笑気味に銀さんを見上げる。彼はふうんとあたし達を見下ろして、路地の向こうを指さした。
「俺んちすぐそこだから、雨宿りくらいならさせてやれるけど」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとう、ございます」
立ち上がり、銀さんの後を追う。
見慣れていたけど、初めて見る万事屋の看板。なんとも言えない気持ちがせり上げて来て、胸がいっぱいになった。…本当に、銀魂の世界に来たんだ。
銀時たちがいつものぼっている階段を、あたしと千果も昇る。一段一段、しっかりと。
引き戸を開けて、銀時はいるらしい新八君へと声をかけた。「タオル持ってこい」と大きめの声で。ぱっと別の扉の向こうから新八君が姿を見せる。その表情はぎょっとしていて、でもすぐに慌ててタオルを持ってきてくれた。
お礼を言ってタオルを受け取り、濡れた髪や体を拭く。上着は脱いで、びしょぬれになった服をぎゅっと絞ればたくさんの水が流れた。泥で汚れているし、この格好じゃ中にあがらせてはもらえないなあ。
「良かったらお風呂と着替えも…」
「え、あ、いやいや、そこまでお世話にはなれないです」
新八君の好意はありがたいけど、さすがに申し訳ない。笑顔で首を振ったのだけど、いつの間にかブーツを脱いであがっていた銀さんにぐいっと手を引かれた。驚いて、目をぱちくりとさせる。
「いーからいってこいって、風邪引かれてもなんか後味わりーし」
「で、でも」
千果が言い淀む。2人して顔を見合わせてどうしたもんかと悩んでいたら、銀さんは爆弾をぽいっと簡単に、落としてきた。
「ブラ透けてんぞ」
「お風呂と着替えお借りしますね!」
「史紀行動はやっ」
にやにやと笑う銀時を通り過ぎ、顔を真っ赤にしてお風呂の場所を教えてくれる新八君にまたお礼を言って、風呂場に入る。後から千果も入ってきて、先に千果がシャワーを浴びることになった。
タオルを肩にかけ、やっと一息。別にブラが透けてることくらいはどうでもいいんだけど、さすがにちょっとびっくりした。
こんこん、と風呂場の扉をノックされる。顔だけちらりと覗かせれば、新八君が未だに赤い顔のままで服とバスタオルを差し出してくれた。
「銀さんと神楽ちゃんのなんですけど…これくらいしかなくて」
見てみれば着替えは確かに、銀さんの着流しと神楽ちゃんのチャイナ服だ。まあ千果なら神楽ちゃんのでもなんら問題無いだろう。
あっ、と慌てたように新八君は神楽ちゃんと銀さんの説明をしてくれる。そういえば知らないのが普通だもんな、うっかりしてた。
「ありがとう、えっと」
「あ、僕は志村新八です」
「新八君、か。本当にいきなりごめんなさい、色々してくれてありがとう」
「いえ…」
新八君の顔がまた赤くなる。かわいいなあ襲いたい。冗談だけど。
それからはシャワーを終えた千果が神楽ちゃんの服に着替えて風呂場を出て行き、あたしもシャワーを浴びてから銀さんの着流しを軽く羽織って腰の辺りを帯でとめた。しかし着方わかんないな。めっちゃはだけてるけどこれはありなのだろうか。まあいいや…。
タオルを肩にかけて、何度目かのお礼を言いながら居間に入る。
と、神楽ちゃんと千果がめちゃくちゃ仲良くなっていた。はえーなオイ。
「てか史紀めっちゃえろい格好になってるけど」
「着方わかんなかったんだから仕方ないっしょ…」
居心地悪そうにあたしから目を逸らす新八君、対して鼻の下を伸ばしながらにやにやとこっちを見ている銀さん。これだから銀時は。でもそんなとこも好きです。
万事屋トリオの自己紹介も聞いて、改めて座り直し、頭を下げる。
「あたしは川崎史紀です。お風呂と着替えまで借りちゃって…ありがとうございます」
「私は遠藤千果です、よろしく!」
「史紀さんと千果さんですか。…それで、2人はどうして銀さんと?」
千果と目を合わせる。こくりと頷いて、千果が口を開いた。
「私たち、孤児なんです。戸籍とかなくて…。だから売られて、どこか別の場所に連れていかれそうになったとこを命からがら逃げてきたんですが」
「疲れちゃって、休んでたとこを銀時さんに拾っていただいたんです」
そうなんですか…と同情気味の表情を浮かべる新八君が呟く。
ごめんね嘘だけどね!でもこう言うのが一番ベストかなって…戸籍無いのもいい感じにごまかせそうだし、困ってるのはまあ事実だし。
「てことは千果、住むとこも無いアルか?」
「そうなるね…」
「それは大変ネ!銀ちゃん、千果ここにすませてもいい?私ちゃんと世話するアル!」
「私は神楽のペットなの?」
神楽ちゃんの言葉に、銀さんはしばし考え込む。
放り捨てられる可能性もあった。だってめんどいことこの上ないし、こんな状況。なんだかんだ銀さんが良い人だってことは勿論知っているけど、そんなに世の中甘くないだろうことも知っている。
「さすがに2人も世話見れねーぞ。金もねえし」
「千果だけでいいから!」
「あの神楽ちゃん、あたしかわいそう」
何でいきなりこんな好感度マックスなの神楽ちゃん。千果なにしたの。怖いわ。
「まあとりあえず、今日はもう遅いですし。細かいことは明日にしましょうよ銀さん。史紀さん、千果さん、今日は泊まっていってください」
「ちょっと新八なに勝手に決めてんだオイ、ここは俺の家だぞ」
「その家の家事をしてんのはほとんど僕ですよ」
ね?と、新八君に微笑まれる。やだやさしい、嬉しい。ときめく。
ほんとに何から何まで世話になっちゃって、申し訳ない気持ちはかなりあるんだが。でも今はこの言葉に甘えていないと、何も出来ない。
お願いしますと頭を下げ、今日は万事屋にお世話になることにした。
(優しくてあったかい)(夢みたいな場所)
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