暮れない記憶



土砂降りの雨が降ってた。今日は天気悪いなあなんて万事屋の窓から、外を眺める。
雨だし依頼も無いしで、銀時と神楽ちゃんは完全にぐだっていた。新八君だけがきびきびと家の掃除をしている。本当、君は良いお嫁さんになるよ。
昨日から泊まっていたあたしとは違い、昼頃に「仕事無いし近藤さんいなくて暇だから」と万事屋に来た千果も、ジャンプをぱらぱらとめくってはあくびをしている。

「うちらが来たのも、こんな天気の日だったよねえ」

ぼんやりと呟いた言葉に反応したのは、千果と新八君だった。

「あー、おかげでどろっどろのびっちゃびちゃだったもんね」
「懐かしいですね、銀さんが2人をいきなり連れて帰って来たときは本当にびっくりしましたよ」

くすりと笑う。
この世界に、あたし達がトリップしてきただなんて知ってる人はいない。そんなの考えつく人もいないだろうし、今までなんやかんやで隠し通せていた。まず、異世界から来ました〜なんて言って、信じる人がいるとは思えない。

「あの時、銀さんに会えて良かったよ」

目を細めて、ゆったりと記憶の中に浸かった。


――…


あたしと千果は、大学こそ違えど同じバイト先で働いていた。
住んでるとこは割と近所だったし、シフトが同じ日はファミレスでご飯食べた後一緒に帰ったりしていて。

そしてその日、あたし達は唐突に、死を迎えた。

多分、事故かなにかに巻き込まれた。死んだ前後の記憶はひどく曖昧で、あたしも千果も自分の死因を詳しくはわかっていない。まあ、自分の死因がはっきりわかる、ってのも変な話なのだけど。
でも、確かに死んだ。それだけはわかった。
意識が途切れる感覚。体から大量の血が流れ出す感覚。ただ単純に、いくつも浮かんだ疑問と、それらを全て消し去る暗闇。

だけどあたしと千果は、その暗闇が晴れる瞬間を、知った。


ぽんぽん、と肩を叩かれる。
ゆっくりと瞼を開ければ、そこはいやに現実めいた、事務的な部屋だった。
真っ白な床と壁、いくつか置かれているデスク、パソコン、タワーのようになっている書類の山。遠くに見える、木製の扉。
そしてあたしの肩を叩く、茶髪の子。…中世的な顔立ちだけれど、女の子、…だろうか。

「お、起きた。大丈夫…なわけないか。死んだ時の記憶はある?」
「え…いや、…は?」
「混乱すんのも仕方ないよね。僕は聖、ちなみに女ね。お姉さん達は川崎史紀さんと遠藤千果さんで間違いない?」
「…うん、」

頷く。次いで目を覚ました千果に目をやって、そこで初めて自分たちがソファーに腰掛けるようにして眠っていたことに気が付いた。
おかしい、だろ。だってあたしと千果はバイト帰りに、多分…死んで。そっから何でこんなとこに?ていうかここ、どこ。

目の前に立つ、聖という子は、手元のバインダーになにかペンを走らせている。ちらりと見えたものは、履歴書に似ていた。

「…ここは?」

千果が夢うつつのような表情で問いかける。聖、ちゃん…は眉尻を下げて申し訳なさそうに、「あの世みたいなもの、かな」と答えた。
…あの世。やっぱりあたしと千果は死んだのか。現実味の無い出来事のように思えるのは、今、あたしと千果に意識があるから?だとしても、何でだと思う。…死とは、そういうもんなんだろうか。

「お姉さん達はちょっと特殊でね。まあ詳しい話は氷月さんに…ああ、とりあえずこっちに来て。歩ける?」

再び頷いて、千果と2人立ち上がる。聖ちゃんの後を追って、さっき見えていた木製の扉をくぐった。
その先にはやっぱり真っ白な壁と床が広がっていて。そしてやっぱり、事務的なデスクとパソコンが1つずつと、山のような書類が見えた。そんな部屋の真ん中で1人、水色のふわふわとした髪を揺らしている青年がデスクとセットだろうイスに座って、こっちを向いている。
へらへらと、人懐っこいような笑みを浮かべていた。

「遅なってごめんな、史紀ちゃん千果ちゃん。俺は氷月。まあよろしくしたってやー」

なんか発音のおかしい関西弁だなと思ったところで、一歩前に立っていた聖ちゃんに耳打ちをされる。

「氷月さん、関西弁気に入ってて。発音おかしいけど気にしないであげて」
「ああ、そゆこと…」

あたしと聖ちゃんの会話に軽く疑問符を浮かべながらも、氷月というらしい男は言葉を続けた。
自分は神で、偶然死んじゃったあたしと千果を見つけ、ここに連れてきたと。その理由が「似てたから、つい」だと言うもんだから、肩の力が抜けた。誰にだよ。
まず、たまたま死んでその先で神様に会うとか、どこのトリップ夢。

「そんで?氷月さんとやらは、私たちをここに連れてきて、どーすんの?」

千果の問いかけに、氷月はぽん、と氷の粒のようなものを宙に浮かべた。

「俺は異世界の方も管理しとる神様でな、いろんな子をあっちこっちの世界に連れてって遊ぶのが趣味なんよ」
「相変わらずタチ悪い」
「そう言わんといてーな聖ちゃん」

ゴミを見るかのような目で、聖ちゃんは氷月を見下げる。明るい緑色の目が鈍く光って見えるのがどうにも年相応には思えなくて、ほんの少し怖かった。
しかし氷月はそんな聖ちゃんの視線を物ともせずに、さっきの氷の粒をあたし達の前まで飛ばしてくる。

未だ消えない疑問符の中、それをやんわりと、避けた。

「君たちには銀魂って呼ばれとる漫画の世界に行ってもらう。確か、好きやったやろ?2人とも」
「、何で知って」
「まじでか近藤さんと結婚出来るじゃん!!」

訝しげに、顔を顰めたあたしとは間逆に。千果は嬉しそうに顔を輝かせていた。
いや、まあ、あたしも銀魂世界行けたら嬉しいけども。山崎と結婚したいですけども。

だけどなんか怪しいっていうか、こんな美味しい話あるわけないじゃん?
なんか対価とか……ってまあ、死んじゃってんだけど。

「別になんも怪しい話やあらへんよ。俺はただ、こういう子がこの世界行ったら、どうやって生きるんかなあってのを見たいだけやから」

ちらりと、聖ちゃんに目を向けてみる。彼女は目を伏せて、氷月の傍らでバインダーにペンを走らせ続けていた。

「つーかまあ、行かんて言うんやったら君ら、普通に死ぬだけやしね」
「いやいやそれなら行く!絶対行く!近藤さんと幸せに暮らす!」
「千果、お前なあ…」

だけど、そう言われてしまったら。あたしも行くしかないと思う。
ただ死ぬのと、銀魂の世界に行くの。…そんなの、後者の方が断然良いに決まってる。
なら、この男の言葉に乗るしか。
ゆっくりと視線を、目前の氷の粒へと向けた。

「その氷の粒が、君らの言う銀魂の世界への鍵や。力とかは適当にこっちでいじっとくから、安心して行き」

こくり、千果と2人頷いて、氷の粒を手に取る。
それはあたしと千果の手が触れた瞬間、融けるように消えて。

「…こっちへどうぞ」

聖ちゃんが開けたのは、さっき通ってきた木製の扉。その向こうは眩しいくらいに真っ白で、何も見えなかった。
招かれるまま進み、扉を、通り抜ける。

「どうか楽しい、一時の夢を」

声に反応して振り向けば、聖ちゃんがひらひらと手を振っていた。
それに手を振って返す。扉は静かに、閉まった。

「…なあ千果、これ大丈夫かな」
「大丈夫なんじゃん?ダメでも死ぬだけっしょ」
「死ぬだけ、ね…。まあそれもそうか、一度死んだ身だしね」
「そうそ、楽しんでこ!」

明るく笑う千果に釣られるようにして、笑みを浮かべる。

もしも、本当に銀魂の世界に行けるのなら。
万事屋にお世話になるのもいいなあ、でも金銭的に考えるなら真選組だろうか。鬼兵隊に入るのもありかもしれない。セオリー通りだと誰かが拾ってくれるんだろうけど、誰が拾ってくれるんだろう。…そういう甘い展開が無い世界じゃ、ないといいんだけど。
それでもまあ頑張って、山崎とは絶対に知り合いたいな。銀魂キャラの写メ、いっぱい撮ろう。沖田や銀さんとも知り合えたらいいなあ。あわよくば、…なんて、ね。



(そしてあたし達は古典的にも、空から落ちた)

 
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