イイコの理想4


千果視点


「ああ、川崎さんならとっつぁんの命で京でしたかね、そっちの方に行かれましたよ」
「……は?」


――…


山崎との再会は、思いの外早かった。

食堂でテンションどん底の山崎を見つけ、思わず食堂を出て行こうとした私は悪くないと思う。
だってキノコはやしてんだもん、周りの空気じめじめしてんだもん。近付きたくない。

けど関わっちゃってたから、仕方なく何があったのかを聞いてみれば、まあ、そういうわけで。
頭を抱えて全力のため息をはきながら、山崎の斜め向かいの席に腰を下ろした。

「言うの忘れてたけど、史紀って自分がめんどいと思った時の逃げ足は異常に速いんだよね」
「まさかさっきの今で江戸を立ってるとは思いませんでしたよ…」

私もそこまでとは思わなかったよ。史紀のこと舐めてたなあ。

じめじめオーラをまとったままの山崎に、電話かけてみれば?と問いかける。
が、どうやらそれはもう試してみた後らしい。5回かけて5回とも出なかったとか。ああうん、まあ出ないだろうな。
史紀が携帯の画面見ながらがくぶるしてんのが目に浮かぶ。めっちゃびびって、出ようか出まいかすっごい悩んで、悩んでたら電話切れちゃったウワアアア、ってなってんだろうなあ。ウケる。

「じゃあ私の携帯からかけてみなよ」

にやにやと笑いながら、私の携帯を山崎に手渡した。ゴリラとバナナのストラップで待受は近藤さんという素晴らしい携帯を目にして、山崎が心底微妙そうな表情を浮かべる。机の下から一発蹴っておいた。

「じゃあ、1回だけお借りします」

史紀にかけはじめたのか、プルルル、と音が小さく聞こえてくる。
緊張気味の顔で携帯を耳に当てる山崎をぼんやり眺めながら、手元に置いていたお茶を一口すすった。

『あ゙?』
「…ぶっふ!」

多少離れた距離にもかかわらず聞こえてきた、史紀の不機嫌っそーな声に思わず吹いてしまった。
史紀は山崎にはそれなりに猫被ってるからか、滅多に聞かないであろう不機嫌マックスな史紀の声音に、山崎はさあっと顔を青ざめさせている。ほんっと面白いなこの2人。

「あ、えと、史紀、さん、お…俺です。山崎です」

完っ全にビビって涙目になってる山崎が、おずおずと声を出す。
それを聞いた史紀が今度は黙り込んだ。絶対めっちゃ悩んでんだろうなあ、今の史紀の顔を見れないのが残念でならない。

1分くらい黙り込んでいただろうか、ようやく史紀が何かを喋った。
聞こえるように、机の上に身を乗り出す。

『……千果に帰ったら殺すってとりあえず伝えてくれる?山崎君』
「あ、ハイ」

うわあいすごい猫なで声だった!!これ私死んだな。ごめんなさい近藤さん来世で幸せになろう。

『んで、何?ぶっちゃけ山崎からコンタクト取ってくるとは思わなかったからそれなりにびびってんだけど。殺人予告なら仕事終わってからにしてもらっていいかね』

一拍をあけて、次に聞こえてきた声はひどく冷め切っていた。
史紀もう不機嫌なの隠そうともしてねえ…ていうかこの人ちょっと開き直っちゃってね?山崎傷付けたの自分なのにその態度はなくね?びびってんのはこっちだよ。
…ああでも、よくよく聞いてみたら少し声が震えてる。
それは山崎も気付いていたのか、口元が小さく弧を描いていた。

「伝えたいことが、ありまして」
『…ごめん、ちょっと待って』

一緒にいる隊士にでも話しかけているのか、史紀が小声で何かを喋っているのが聞こえる。その内容までは聞き取れなかったけど、どうやら場所を変えたみたいだった。

『それで、伝えたいことって?』

どうせ今頃、心臓ばっくばく言わせてんだろうに。
史紀の心情を思い浮かべるとほんと楽しい。冷や汗だらっだらだろうな〜。
なのに無理矢理落ち着かせたみたいな声出してんのが笑える。頑張ってんなー史紀。

「…俺は、史紀さんのためにイイコでいることは出来ません。それで史紀さんに嫌われても、俺は史紀さんの事が好きです」
『、……それで?』
「イイコじゃない俺も、好きにさせてみせますよ、史紀さん」

うわ今山崎めっちゃえろい顔した。写メってたら史紀喜んだだろうになー…って私の携帯、山崎が使ってんだった。

声からも聞き取れるえろさに史紀は完全にノックアウトされたのか、小さく息をのむ音が聞こえてくる。そしてすぐに、深いため息が聞こえた。
「もうほんとやんなる」吐き出すように呟いて、ちょっとの間の後にカチッという音。
ああ煙草吸い始めたなと気が付いて、ほんと焦ってんなー、ますます私は笑みを深めた。

『あたしは絶対、山崎を傷付けるよ。それでもいいの』
「そう簡単に傷付く男じゃありませんよ、俺は」
『山崎の事は大好きだし大切だけど、山崎の物になる保証なんかないのに』
「なら、無理矢理、俺のもんにしてみせます」
『…っは、おっとこまえ』

ふう、と煙草の煙を吐き出す音の後。史紀は軽く声をあげて、笑った。

『山崎ごめん、あたしの負けだわ。変な事言ってごめんね、帰ったら殴っていいよ』
「それじゃあ、一発だけ」
『……うわこっわ、そこは「史紀さんを殴ったりしませんよ」とか言って欲しかったなあ』
「俺、イイコじゃありませんから」

吹っ切れた人間て怖いよなあと、2人の会話を聞きながら苦笑気味に目を細める。
史紀、これから苦労しそう。なんまいだー。

『じゃあ、もう仕事行くね。帰ったらまた話そ?』
「はい、待ってます。…史紀さん」
『ん。…ああ、千果に変わってもらえる?どうせ近くで聞き耳立ててんでしょ』
「ぴゃっ!?」

変な声出た。

山崎がくすくす肩を震わせながら、携帯を私に返してくる。
こんにゃろうさっきまで泣いてた癖に。二度目の蹴りを食らわそうとしたら避けられた。この地味やろう!あとでご飯にタバスコめっちゃ入れてやる!

「は、はい、史紀元気〜!?急に仕事でどっか行くとか言うから千果ちゃん超びびっ『死ね』

ブツンッ、と通話は切れた。
…ひどいよひどいよこんな仕打ち!私史紀と山崎のためにいろいろ考えてたのに!くそう!泣いてなんかないんだからね!!ていうか地の底どころか地獄の底から響いてくるような史紀の声怖すぎるよ!

「あの、千果さん…大丈夫ですか」
「山崎…これが史紀の本性だからね…猫被りに騙されちゃダメだよ」
「…肝に銘じときます…」



(史紀帰ってこなきゃいいのに…)(それは俺が困りますよ…)

 
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