イイコの理想3


千果視点


くあ、と大きなあくびをしながら廊下を歩いていく史紀が見えた。
のんきそうで良いなあと思いつつそんな史紀を見送り、私は自分の部屋へと歩いていく。史紀は柳生篇ほとんど関係無いもんね、山崎関わんないし。私なんかもう頭ん中ぐっちゃぐちゃだってのに。
ため息が出た。ふっかいやつが。

もうすぐで自分の部屋につく。
着替えて、一休みして、誰かの仕事でも手伝おう。
こういう時は無駄になにかを考えたりとか、しない方がいいもんだし。

「っ、」

不意に、誰かの嗚咽が聞こえてきた。
足を止めて、声が聞こえてきた方へと視線を向ける。誰だろう、今の。そのまま足を声の方へと進める。一室の障子が、薄く開いていた。

「山、崎?」
「、あ…」

千果さん、と、目の合った山崎が私の名前を呼ぶ。
と、次の瞬間。大きな声を上げて、山崎は泣き出した。えええどういうことなの。何があったのびびるんだけど。

障子を開け、中に入る。多分山崎の自室?かな。障子をきっちりとしめ、山崎の前にしゃがみこんだ。
わんわん泣いている山崎に慌てつつ、頭を撫でたり背中を軽く叩いたりして、宥める。

「ど、どしたの、大丈夫?なんかあった?ほ、ほーら大丈夫だよ〜私来たからもうなんも怖くないよ〜…っていうかこんな時に史紀は何して…あっもしかして原因史紀!?ていうか山崎泣きやんでよー!」

史紀の名前出したらもっと泣き出した。おいこれ完全に史紀が原因じゃねーか何してんのあの人。あくびしてる場合じゃないでしょ。

「ええ…ちょ、まじで山崎大丈夫か強く生きろ……あれだったら史紀呼んでくるけど…」
「っく、大、丈夫…です」
「お、おう……」

ぐすぐすと鼻をすすり、どうにかこうにか泣きやんだ山崎にハンカチを渡す。
すみませんと謝りながらそれを受け取って、山崎は目元を拭いた。あーあー、目ぇ真っ赤にしちゃって。ほんとに史紀、何したんだ。

暫くして落ち着いた山崎がもう一度、すみませんと頭を下げる。
「いーっていーって、」苦笑をしながらその場に座り直し、口を開く。

「訊いていい?史紀となんかあった?」

ちょっとしたこととかで、山崎がここまで泣くとは思えない。
喧嘩したかなとも思ったけど、あの山崎バカの史紀が山崎を傷付けるようなことするとは思えないし。山崎だって史紀のこと好きみたいだから、史紀に喧嘩ふっかけるようなことはしないと思う。…ううん、わからん。

山崎は真っ赤な目元をちょっとだけ細めて、無理矢理作りました感満載の笑みを浮かべた。はは、と、苦笑のような声を漏らして。

「俺、史紀さん、に…嫌われちゃった、みたいで」
「ああそっかー……、って、えええ!?んなアホな!」

史紀が?山崎を?嫌う!?そんなん天地がひっくり返ってもありえねーよ!銀ちゃんが辛党になるくらいありえないし土方がケチャラーになるくらいありえん。
わけわかんないといった表情で「山崎の勘違いじゃない?」と告げる。
山崎はゆっくりと、首を振った。

「…いいこじゃない俺は、史紀さんの好きな俺じゃ、ないそうです」

眉をハの字にして答える山崎に、息が詰まる。

うん、まあ、なんとなくだけどさ。史紀が何でそんなこと言ったのかはわかるよ。
どうせ山崎に嫌われようとでも思ったんでしょ。史紀、変なとこでバカだから。その内こういう事しそうだよなあとは思ってたし。…高杉と絡んでから。
だからってこのセリフは…なあ。それ言われてキレずに泣いちゃう山崎にもちょっと引くけど。どんだけ君は史紀のこと好きなのさ。

肩をすくめる。今回ばかりは味方できないぞー、史紀。

でも、この前、近藤さんと私のことで近藤さんにいろいろ言ってくれたのは史紀だし。あれのおかげで、近藤さんは私のこと、ちゃんと考えるって言ってくれたから。
山崎と史紀のことも、私だってなにか、助けになりたい。
史紀は、山崎を切り捨てることが山崎の為になるって思ってんだろーけど。

「山崎は、何で史紀がそんなこと言ったと思う?」

そんなんしても無意味だって、知るべきだよ。

「俺が…良い子じゃ、なかったから、」
「うん、すぐそういう思考になるからダメなんだろうね!山崎は!」

いい笑顔を浮かべて言えば、山崎はびっくりしたのか目を丸くさせた。
なんというか、山崎って自分に自信なさすぎだよね?今回とかどっからどー見ても史紀が悪いじゃん?
だってセリフだけ聞いたらさあ、自分の理想通りじゃない山崎なんかいらんっすわーて事じゃん。私なら顔面に机ぶん投げたあと肥だめに捨ててる。

「まず、山崎はイイコなんかでいる必要ないよ」
「…でも」
「じゃあ史紀の好きな銀ちゃんは?沖田は?高杉は?あの人らの中にイイコちゃんっている?」
「それ、は…」

ため息を吐き、山崎のほっぺを両手でパシンと挟む。

「史紀はバカだから、山崎をこれ以上傷付けたくなくて、嫌われようとでもしたんだろうね。だから山崎の行動で正しいのは、泣いて自分を責める事じゃない」

ぱんぱんと、もう2回、山崎のほっぺを叩いた。
…にしてもほっぺ柔らかいなこの子。

「史紀の顔面ぶん殴って、眼球にシャトルでも押しつけてやればいいんだよ!」
「いや千果さん、それはさすがにエグすぎます」

「あとほっぺ痛いです」そう言って山崎は私の手をゆっくり引き離す。
相変わらず無理してる笑い方だったけど、少しの間をあけて、それもそうですねと息を吐いた。
そして、ぐっと片手を握りしめる。

「なんかそう思ったらちょっと腹立ってきました」
「え、お、おう」
「だいたい俺って大人しめの一途な人がタイプなんですよ。なのに何で史紀さんのこと好きになっちゃったんですかね?というかイイコでいて欲しいとかそんな理想押しつけられても困りますよ!ねえ千果さん!!」
「そ、そうだね…?」

ええ、何でこの子こんないきなり元気になるの。いつの間にか酒でも飲んだの?
完全に引いてる私なんて気付いていないのか、山崎はぶつぶつと溜まりに溜まっていたらしい史紀への愚痴をぼやき始めた。やだこわい、バックに黒い影が見える。

けれど唐突にその愚痴は終わって。
山崎は何かを慈しむように、そっと目元を細めた。

「でもそれが、俺の好きになった史紀さん、なんですよね」

そうだね、と静かに返す。
私の目の前で山崎は「よいしょ、」と立ち上がり、私に笑みを向けた。

「俺、史紀さんのとこ行ってみます」
「まあ、あんま刺激しすぎないようにね。史紀もあれで無駄に悩んでっから」
「善処します。……千果さんも、」
「うん?」

ぽすん、頭を撫でられた。

「局長のために良い子でいる必要なんて、ないんですよ」
「……あー…、…自分で言ったこと繰り返されると、否定しづらいんだけど」
「だから言ったんです」

いたずらが成功した子供みたいな顔で笑われる。うわあ腹立つ。
むかついたから弁慶の泣き所を一発殴っておいた。山崎泣いてた。ざまあ!

涙目で暫くぷりぷり怒ってた山崎は、わざとらしく咳払いを2つほどする。

「今回のお見合いや柳生との事で、千果さんが我慢をしてるのくらい、俺でもわかります。俺がイイコでいる必要が無いのなら、それは千果さんだって同じでしょう」

泣き喚いても怒鳴っても、局長なら受け止めてくれるでしょう。駄目なとこも多いしバカですけど、あの人はそういうお人ですから。って。

「知ってるよ、そんくらい。山崎に言われなくても」

何年、近藤さんのこと好きでいると思ってんのさ。

私の言葉に山崎は黙ったまんまちょびっと笑って、部屋を出て行った。
ううむ、なんかむかつくな。もう一発蹴っとけば良かった。

私も山崎の部屋を出ながら、なんとなく空の方に目線を向ける。
まだ間に合う。近藤さんに何かを伝えるなら、まだ。
…うーん…でもなあ。わかってんだけどね、近藤さんが何を言ったって、私を責めたりしないことくらい。

「それでもやっぱり、あの人を困らせたくはないんだよ」

イイコってのは難しいなあと、何度目かわからないため息を吐いた。



(その内、肺から空気無くなりそう)

 
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