イイコの理想2



川崎史紀、憤怒なう。

だってさー山崎がさー大したモンじゃないとは言え怪我してきたんですよー。
ああそういやお妙さんに「局長と結婚してください」って土下座しに行った時あれだもんなあ山崎先陣きってたもんなあ、って後で思い出したわ。どうやら後に聞いた状況では原作と違って山崎後ろの方にいたらしいけど。
それでも怪我したことには変わらず。九ちゃんひどいよお。

「はあ…大丈夫?山崎」
「ああうん…峰打ちだったから」

一瞬、その答えに対して黙り込む。

「…山崎さ、最近あたしに敬語使うの減ったよね」

さっきまでしょんぼりとさせていた表情を笑みに変え、山崎の頬をつつく。
そこで初めて自分があたしに対しタメ口で喋っていたことに気付いたのか、山崎は慌てた様子で勢いよく頭を下げた。ゴンッてすげえ音あげて机にぶつかったけど大丈夫か可愛いな。

「すすすすみません!俺、無意識で」
「何で謝るの、あたし嬉しいのに」
「、え…?」

ゆっくり、山崎が顔を上げる。
あーあーおでこ赤くなっちゃってら。痛そう。

やんわりと赤く腫れた山崎のおでこを撫でてみれば、痛かったのか山崎は少し顔を顰めた。そんな顔も可愛いぜちくしょー。

「山崎なりの敬意を払ってくれてんだろうなとは思ってたけど、それでもやっぱライン引いてるようにも見えたから。そういう壁が最近なくなってきたのかなって」

思い返してみれば、吉原の辺りからだろうか、山崎の敬語が時折なくなるようになったのは。
敬語の山崎の方が、まあ聞き慣れているというか読み慣れているというかで、らしさはあったのだけど。それでもやっぱ敬語じゃない方が仲良しっぽい気がする。
あとはあたしのこと呼び捨てにしてくれたら完璧なんだけどね?ま、そこまで高望みはしませんけど。

「だからこれからも、普通に話してくれたら嬉しいよ」
「史紀さん…。……え、えっと、善処しま…あ、が、んばる、よ」
「ふはっ、緊張しすぎ!」

ああ、もう。本当に山崎は可愛い。
顔真っ赤にして、どもりまくって。たまに敬語とれてんのはほんとに無意識なんだろうなあ。意識しちゃうと、難しいのか。

「無理はしなくていいって。それで緊張とかしちゃった山崎とうまく話せない方が、あたしには悲しいし」
「う…すみません」
「謝ることじゃないよ」

山崎ってほんと良い子だよね、そう続ける。
ふと見たら、山崎の表情にうっすらと影がかかっていた。疑問符を浮かべる。

ぱしり、右手の手首を掴まれた。更に浮かぶ疑問符と共に、目線を山崎に掴まれる腕へと落とす。痛みは無い程度の強さで、その手は温かい。
…高杉の手は、冷たかったなあ。ぼんやりと思い出した、瞬間だった。

「俺、イイ子なんかじゃないですよ」

強く腕を引かれる。そのまま、山崎の胸の中に倒れ込むようにして抱きとめられた。山崎の匂いがする、とか思ったけど別に変態なわけではない。決してそういうわけではない。

ていうかこれ攻め山崎ですか!攻崎ですか!?おいおいどういうこったいジョニー聞いてないよこんな展開。吉原ん時の受け受けしい山崎どこ行った?シャイボーイ回の時のかわいい山崎はどこいった?やだこの山崎かっこいいよお心臓爆発する!
ここまでノンストップで考えた。思考回路はショート寸前ですね。どうしよう心臓うるさい。山崎の心臓もうるさい。

「史紀さん、高杉にも、抱かれたんでしょう」
「え、お、おおう…どしたの山崎」

びびるし焦る。
声のトーン低くね?君そんな声も出せたんだね?ていうか抱かれたとかド直球にも程があんだろ、心臓バックーン!てなった直後ちょっと落ち着いたわ。
山崎なら絶対濁すかどもるかする発言だと思うんだけど。どうしようまじで攻崎…。

「待つって言いました。俺は、史紀さんがいつか俺に向き合ってくれる日を、待つつもりでした。だけど、敵にまで、史紀さんを、…っ俺、」

だんだんと、声が震えてくる。
胸に押さえつけられたままの顔を上げようとしたら、叩き付けるような勢いで後頭部を押さえられた。え、ちょ、痛いんですが山崎さん。困惑なう。

頭ん中がぐるぐるとしている。だって、ねえ?どう考えてもこれ。

ぽたりと、あたしの頭に冷たいものが落ちてきた。

「ずっと待ってられる、いいこなんかには、なれないよ」

…涙声だった。あたしの頭に落ちてくる冷たい雫は、ゆっくりと増えていって。
ぽた、ぽたぽた、ぽたり。じわじわと湿っていく髪の毛がぶっちゃけ気持ち悪いが、そんなことは気にしていられなかった。

ゆっくりと、抱き締められたまま畳に押し倒される。
目元を隊服でこする音が聞こえて、そして山崎はあたしの顔を挟むように、畳に両腕をついた。赤くなった目元とおでこが視界に入る。ひどい顔だと、笑えはしなかった。
心臓が痛む。どうしよう、どうしようって、頭ん中はそればっかだ。
そのまま静かに口付けられ、時間が止まったような気がした。…ああ、やばい。これは非常にやばい。

流されたいって、思ってる。

「史紀さん、お願いです」
「……、」
「俺に、史紀さんをください」

銀さんとも、沖田とも、高杉とも違う。誰よりも優しくて、あったかいキスだった。
こうやって比べている時点で、あたしはどうしようもない人間だなあと心底思う。ちょっとした虚しさに襲われながら、心の中で苦笑。

次いで落とされたキスに、薄く口をあける。
誘われるまま入り込んできた舌を感じながら、至近距離で目を瞑っている山崎を眺めた。
眉を寄せて、必死そう。かわいいなあと笑みが漏れる。胸がほっこりする。視線を感じたのか、山崎が薄く目を開けた。くちゅ、と音を立てて唇同士が離れる。口内にたまった唾液をこくり、飲み込んだ。

あたしの行動を、表情を、肯定と取ったのか。山崎の手があたしの服にかかる。
その手をそっと、掴んだ。

「…退」
「っ、…」

名前を呼ばれて驚いたのか、山崎の目が丸く見開かれた。小さめの黒目が、あたしを見つめる。

「あたし、今から酷いこと言うけど」
軽く、今度はあたしから山崎の唇に触れる。まっすぐに山崎の目を、見据えたまま。
「貴方には、イイコのままでいて欲しいの」

山崎が息をのむ音が聞こえた。手を離し、体を起こす。
すとんと畳にお尻をついた山崎から視線を逸らし、立ち上がる。背を、向ける。

「嫌って、怒って、殴ったっていい。なんならあそこの刀で斬り捨ててくれちゃってもいいよ。あたしはそれだけの事を君にしてる」
「史紀、さ…」
「それでもあたしは、いいこじゃない、君は」

言え。

「あたしの、」

もう、言っちゃえって。早く。
そしたら、…そうすれば。


「っ…あたしの好きな、山崎じゃない」


後ろなんか見れるわけなかった。そのまま早歩きで山崎の部屋を出る。
まじ最低、ドン引き、死ねば?そんな声が頭の中から聞こえてきた。いやあまったくこんな時にも思い出さんは元気ですねえ。こちとら涙すっげー勢いで耐えてるってんのに。…くそ。

「でも」

立ち止まる。そのまま壁に背中をあて、滑るように座り込む。

山崎が大好きだった。
初めて原作に出てきたときから、可愛くて、面白くて、ちょっとかわいそうで。大好きになった。一目惚れってこんな感じなのかと思った。
土方にはパシられてるし、銀ちゃんにはなんか舐められてるし、ミントンばっかしててすぐボコられるし、いつの間にかあんぱんキャラになってるし。だけど意外と優秀で、仕事もちゃんとしてて、強くて。かっこよかった。
この世界に来て、山崎の良いとこもちょっとだけむかつくようなとこもいっぱい知った。たまあにイラッとするとこもあったけど、そんなの全部ひっくるめて大好きだった。
そんな山崎があたしのことを好いてくれてるんだろうなって、気付いた時には飛び回るくらい嬉しかった。あの時なら絶対大気圏突破出来たと思う。どこを、どうして好きになってくれたのかなんて知らないけど、それでもすっごく嬉しかった。
山崎と結婚したい、山崎を幸せにしたい、山崎と幸せになりたい。そんなの、ずっとずっと、もう何年も想ってる。

でも、あたしは、あたしが幸せになりたいんだ。
高杉と会って改めてわかったけど、あたしは誰か1人だけとずっと一緒にいるなんて、無理なんだと思う。その人だけを愛して、その人だけと過ごして、その人だけとヤって?…そんなの絶対、楽しくない。

「でもね、」

山崎を傷付けたくないの。あたしとヤって、それだけで山崎は満足なの?しないよ、絶対。銀時も沖田もそうだし。もっともっとって、なるでしょう。あたしだってなるもの。
その想いに向き合えないのなら、向き合えないと、わかったなら。いっそ。

山崎に嫌われた方が。


「…っは、すっげー悲劇のヒロインぶってるわ。アホらし」

肩をすくめ、自嘲し立ち上がる。ぽんぽんと背中やお尻をはたいて、首や肩をまわした。
あーあどうしよ、あんなこと言って。まじで刺されたらどうしようかねえ。その後に山崎自殺しそうなイメージあんのはあたしだけ?それは困るんだけど。
まあでもさすがにあれは嫌われたよなあ、あたしの理想通りじゃない山崎は山崎じゃありませーんって事を言ったわけなのだし。あたしなら言われた瞬間助走つけて顔面ぶん殴ったあと眼球に煙草押しつけてる。

…ま、どうにでもなるでしょ。
とりあえず屯所には居づらくなったなあ、久しぶりに仕事でもするか。数日後には局長と副長と一番隊隊長っていうトップ3が屯所からいなくなるんだし。誰かの仕事肩代わりしようかな。
良い感じに、どっかに出張とかあったらいいんだけど。



(ねえ、史紀さん、何で泣いてたんですか)

 
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