イイコの理想



近藤さんに、お見合いの話がきた。
相手はゴリラ星だかなんだかのお姫様のようで。そこで、合点がいく。

始まったんだ、柳生篇が。


あたしにとっては半ば関係の無い出来事のように思っていた。
山崎は関わらないし、沖田や銀さんは行っているけれど、あたしや千果が入れば人数に誤差が出る。お妙さんにはお世話になっているし大好きな人だけれど、柳生篇にあたしの出る幕は無いだろう。それに関しては、千果も一緒だ。

だけど。
近藤さんを好いている千果にとって柳生篇は、あまり面白くない話なんじゃないだろうか。
漫画を読んでいるだけの状態であれば、「わー近藤さん出てる!かっこいい!」ですませられるかもしれないけど。今は当事者なのだし。

近藤さんにお見合いの話が来たことは、もちろん千果も知っている。
「私という存在がいるのにおかしいね?とっつぁんは何を考えているのかな?誰が見向きしなくても私だけはいつもどこででも近藤さんを見つめまくってるっていうのに誰にフラれても私だけは近藤さんと添い遂げる覚悟があるのにまったく変な話だよねえ」、と。仄暗い水の底から出てきた幽霊のような目で語っていたのをふと思い出した。あれは怖かった。あとタイトルだけでトラウマ状態のあの映画はやべえ。関係ないけど深夜にホラー映画のCMすんのやめて欲しいよな。

「んで、だ」
「どうしたんです、川崎さん」
「いやあ有賀くん、どうしたものかとあたしは悩んでるんだよ」

食堂にて、向かいの席に座りカレーを食べていた有賀は怪訝そうな表情を浮かべる。
暫く考えてあたしの悩みに見当がついたのか、ああ、とスプーンを置いて口を開いた。

「遠藤さんの事ですか」
「正確には千果と近藤さんの事ね。あの2人なかなかくっつかないからなあ」
「そうですねー、結構お似合いだと思うんですけど。まあ局長は志村さんでしたっけ?彼女にご執心のようですから、難しいんでしょうね」
「女の勘的な何かで言うと、近藤さん、千果の事も結構好きだと思うんだけどねー」

昼ご飯の焼肉定食を食べ終え、箸を置きごちそうさまでしたと手を合わせる。
盆の隅で冷め切ってしまったお茶をすすりながら、考えた。

少なからず近藤さんは千果の事を女として意識している。はず。
そっから先の思考回路はあたしには読めないが、それでもお妙さんへの想いが千果への想いを邪魔してんのは事実だろう。あの人堅そうだし。
ほんとに、まったく。童貞かっての。…本当に童貞だったらどうしよう、震える。

「志村さんとやらが好きなのに遠藤さんも気になってるなんて、局長には自分が駄目な男に見えてるでしょうね」
「だろうねえ、そんくらい「まあこんなこともあっかー」ですませばいいのに」
「それはアンタがビッチだから言えるんですよ」
「有賀君、喧嘩なら買うよ?」

わざとらしく肩をすくめ、綺麗に食べ終えられたカレー皿にスプーンを置き、盆を手にした有賀は立ち上がる。
それに続くようにあたしもお茶を飲み終え、盆を片手に持ち立ち上がった。
返却口に盆を返し、そのまま2人で屯所の廊下を歩く。

「川崎さんも遠藤さんくらい一途だったら、まだ良かったんですけど」
「それこの前自分で言った」
「なら善処してくださいよ」
「ええ…だって仕方なくない?もうこういうスタンスで生きて数年経っちゃったし」

深すぎるため息を吐かれた。解せぬ。

土方に用事があるらしい有賀とは途中の廊下で別れ、あたしは千果の部屋へと向かう。
今回の柳生篇、千果はどうするのか。
もしも千果が近藤さんについて行くと言うならあたしも行こうと思った。特に何かをするわけではないけれど、そうしたいと思っていた。けれど。


「私は、ここで、待ってるよ」

どうするのか問いかけたあたしに、千果は窓の外に目をやりながらそう答えるもんだから。

「近藤さんを待つことしか出来ないんだって、今更だけど、気付いたから」
行かないでって引き留めたい、お妙さんじゃなくて私を見てって言いたい、近藤さんが行かなくても大丈夫だよって伝えたい、いっそ私が代わりに行くから近藤さんには行かないでって泣きつきたい。だけど、そんなの、出来るわけないじゃん。

私はイイコでいたいんだ、レモンソーダの入ったアルミ缶を握りしめながら、千果は小さな声で呟いた。

「…そか、じゃあ、待とう」

あたしには何も言えなかった。
なんか、ほんと。…世の中って、難しいよなあ。

縋りつかないところは、本当にうちら、よく似てるよ。



(ねえ近藤さん、)(私、良い子でしょ?)

 
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