喧嘩は江戸の花
「ん、で。正直なとこ近藤さんはどう思ってんすか、千果のこと」
「どうって…そりゃあ、大切だと思ってるよ」
「そういうこっちゃねーんですよあたしが聞きたいのは!」
ちょ、史紀ちゃん落ち着いて…とやや引き気味に苦笑いを浮かべる近藤さんに対し、あたしは今にも掴みかかるんじゃないかって勢いでそんな彼の前に立っていた。
場所は局長室。
土方は見廻りに行っているため今この屯所内にはいない。絶好のチャンスである。
近藤さんに千果とのことを問いつめる、絶好の。
「あたしもあいつも子供じゃないんですよ。近藤さんがお妙さんを好いてることだってうちらは理解してるんです。それでも、あたしが口出す事じゃないとわかっていても、あたしはあんたに千果のことを真剣に考えて向き合ってもらいたいんです」
「…史紀ちゃん、」
千果の気持ちを、わかってないわけじゃないんでしょう?
姿勢を正し、そう問いかければ近藤さんは俯きながらも小さく「ああ」と呟いた。
そんな近藤さんの姿を見て、なんとも言えない気持ちになる。
いやもうほんと、他人の色恋沙汰には首突っ込むもんじゃないわな…しょんぼりしてる近藤さん見てると申し訳なくなってくるわ…。
でも、千果の為に近藤さんにはさっさと腹くくってもらいたい。
机の脇に置いていた煙草の箱を手に取り、一本取り出して火を付ける。
吸い込んだ煙を吐き出しながら、ゆっくり、あたしの想いを告げた。
「千果は、ここに初めて来たときから近藤さんのことが好きでした」
正確にはもっと前からなんだけど。
「豪快で、バカで、女にモテねーわゴリラみてえな面してるわ、どこぞの銀髪頭には女がらみの戦いで負けてくるわのどうしようもねー枕に加齢臭ついてるようなオッサンだけど」
「ちょ、そこまで言わなくてもよくない?俺泣いちゃうよ史紀ちゃん、ねえ」
「…それでも、仲間の為に体張れて、懐が無駄にでかくて、優しくて、一緒にいるとほっと出来る。そんな近藤さんが、千果は好きなんです。そんな近藤さんを支えて、隣に並んで、笑って生きていきたいと、あいつは思ってるんですよ」
トン、と煙草を軽くたたいて灰皿に灰を落とす。
ゆっくりとあたしの言葉を飲み込んでいるのか、近藤さんは黙ったままだ。
葛藤してる、のか、なに考えてんのかまではわからない。
「…わかって、いる。っだが、」
お妙さんのことがあるのか、それとも身長やら年齢の差を気にしてんのか、近藤さんはそれ以上はなにも言わず、…言えず、口を噤んでしまった。
…そんな態度に、あたしがいらっとしてしまったのも仕方ないと思う。
一旦、煙草を灰皿に置く。
ゆらゆらと真上へとのぼっていく煙が一瞬途切れて、その時にはあたしは机に乗り上げ、近藤さんの胸ぐらを掴んでいた。
「だがもクソもねーんだよアンタその年にまでなって童貞かコラァ!」
「いやいやちょっと待って史紀ちゃん怖い口が悪いよ!ていうか女の子がそんなこと口にしちゃいけません!!」
「るっせぇよ近藤さんがいつまでもうじうじめそめそ女みてーに悩んでんのがわりぃんだろーが!男なら大事な女から逃げようとしねえで正面切って一発しけこんでろ!」
「しけこんじゃダメでしょ!?」
「ともかく、本当に近藤さんを愛してんだよ!それは事実!男は追うより追われる方が楽しいだろうが!」
そこまで言い切ったとこで、がらりと局長室の襖が開いた。
背を向けているあたしは分からなかったのだけど、近藤さんの顔が「あ、」って感じになっている。
うわあすっげーやな予感するわーと思いつつ、ゆっくり、振り返った。
「史紀…今の、どゆこと」
「…、千果…」
こっえ!超こっええ!
そこにはどこの怪談に出てくる幽霊だと言わんばかりの雰囲気でたたずむ、千果の姿が。わあいあたしの予感大当たりー!
そっと近藤さんの胸ぐらから手を離し、机から降りて千果に向き合う。
今なにを説明したってこいつには無駄だろうなあと思いつつも、弁解しなきゃ話は進まんだろうからと口を開こうとした、瞬間だった。
(やっべちょっと泣きそう)
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