手向けの徒花7
突然の大騒ぎに、鬼兵隊の人たちもわんさか出てきた。
高杉に抱き締められているあたしを見て、また子ちゃんが複雑そうな表情を浮かべている。ひらひらと手を振ってみた。目をそらされた。
ですよねー…ちょっと泣きそう。
「真選組のお姫様を救いにこの大所帯たァ、真選組も落ちたもんだな」
高杉の言葉に、お前がお姫様発言とか!と全力で吹き出しそうになったが、耐える。
ここで吹き出したらなんか全部が台無しになる気がした。
うん、なんかもうあれだし適当に悲劇のヒロインぶっとこう。
「別に俺らはそいつを助けに来たんじゃねェよ。かぶき町の上空に不審な船がいるってタレコミがあったんでな、来てみれば高杉一派勢揃いってわけだ」
おいここかぶき町上空なのかよ。高杉てめえ。高杉てめえ。嘘ついたなこんにゃろう。
ガッと腹パンを高杉に贈る。小さく息を詰まらせて、高杉はあたしから離れた。
わあい目が怒ってるよ!こわいね!
「…何すんだテメエ」
「…嘘つく高杉がわるい」
あたしの近くまで走ってきていた山崎に、刀を投げ渡される。
近藤さんにもらった、侍の魂。あたしは侍じゃないけれど、何度か汚してしまったけれど、とても大切な物。
鞘から抜けば、鈍い銀色が昇りだした月に反射して、輝いた。
刀身に掘られた、桜の花びらが舞う様子。
これは、徒桜だ。はかなくて、実を結ばずに、散っていく花。
あたしみたいだと、今では心底思う。
「正直、高杉といるの、すごく楽しかった」
隣に立つ山崎が驚いたようにあたしを見つめる。まさか、って顔に思えた。
「楽しかった…っていうより、楽だった、かな。気が楽だった。だから礼は言う」
まっすぐ、高杉に刀の切っ先を向けて。
にこりと微笑んだ。
「ありがとう、高杉。…大好き!」
周囲の空気が固まる。高杉も面食らったような顔をしていた。これは笑えるなあ。
けれどすぐに高杉もにやりと笑みを浮かべて、刀を抜く。その切っ先が、あたしの刀にそっと触れた。
「んなガキみてえな告白されたのは、初めてだよ」
「…!高杉の初めて、奪っちゃったっ」
「変な声出すな、きめえ」
「うっぜえ」
軽口を叩ける。それが単純に嬉しかった。
周りはきっと今、高杉にとってもあたしにとっても、敵だらけだけど。
高杉の着物を着ているあたし、あたしの着物を着ている高杉。
そんな、変な2人が向かい合い、刀を合わせている。ほんと、変な光景だ。
片や攘夷志士。片や真選組隊士。相容れなくて、でも紙の裏と表みたいに、そっくりなあたしと高杉。
生きてきた世界は違うけど、きっともっと違う出会い方をしたら、仲良くなれただろうなあって、心の底から思った。
「――…真選組副長直属特別部隊所属、川崎史紀。鬼兵隊当主高杉晋助、貴方を」
何でだろう、不意に、笑みが漏れた。
「あたしは、殺します」
それがどういう意味の笑みなのかはわからなかったけど。
だけど、高杉も笑っていた。とても楽しそうな、顔だった。
「やれるもんならやってみな、史紀」
「もちろん、いつだって」
刀と刀がぶつかりあい、火花が散る。
あたしはこの人には絶対に勝てないだろう。だけど、もしいつか高杉が斬られるのなら。
それはあたしの手であって欲しいと、そう思う。
――…
結局、鬼兵隊のメンバーは両手で足りるくらいしか捕まえることは出来ず。
主要メンバーはいとも簡単に逃げてしまった。逃げ足はっえーなーと、実はまた子ちゃんをわざと見逃したあたしは去っていく船を目で追うことしか出来ず。
血の付いた刀をヒュンと振って、鞘にしまう。
踵を返して、真選組を迎えに来た新たな船へと向かおうとしたら、行く手を遮られた。
「…土方、さん」
小さく顔をあげて、名前を呼ぶ。
隊服の上着を脱いだ姿の土方は、ひどくご立腹な様子であたしの前に仁王立ちしていた。…これ正座した方がいいか?
「史紀。てめえは、真選組の敵か?」
「……、」
土方さんの持つ刀には、赤い血がところどころについていた。
それをのど元に突きつけられ、心臓が跳ねる。
あたしの焦りや恐怖を悟られないように、眉尻を下げて笑みを浮かべた。
「そう、見えるのなら」
喉元の刀を握る。
「今ここで殺してくださっても、構いませんよ」
つぷ、と。あたしの喉に少しだけささった剣先から、血がにじんだ。
土方はその瞳孔のかっ開いた目を見開いて、刀を引く。
あたしがしたように血を払って鞘にしまうと、深いため息をつかれた。
ぽいと投げ渡されたのは、あたしの煙草。
「今回だけだ。今回だけは、てめえの感情、信じてやる」
そして次いで投げ渡される、マヨネーズの形をしたライター。
くすりと笑いをもらして、1日ぶりの煙草に火をつけた。肺いっぱいに吸い込んで、吐き出す。あー、やっぱり。自分の煙草のにおいが、一番好きだ。
「ありがとうございます、土方さん」
「何が」
「煙草、持ってきてくれて」
「別に」
「なにその別にって受け答え、流行ってんの?」
うん、やっぱり。
真選組が、一番好き。
(あたしの、帰る場所)
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