手向けの徒花5
お風呂を上がる頃には髪乾かしあいっこするくらいまた子ちゃんと仲良くなった。まだ多少怪しんではいるみたいだけど。
高杉えろかっこよ杉トークで盛り上がったのは良い思い出です。
下着が無い旨を伝えれば、まだ使ってない新品だと言う下着を貸してくれた。ブラはサイズ違ったから断念したけど。貸してっていうか貰っちゃったから今度何かお返ししないとなあ。
そして高杉のいる部屋に、また子ちゃんと2人で向かう。
がらりと引き戸を開ければ、あたしの着物を羽織った高杉が窓の縁に腰掛けて煙管をふかしていた。いやあさまになりますねえ。
どこ行ってたんだとの問いかけに、お風呂と答えて部屋の扉をしめる。
「晋助様、こいつ本当に晋助様がつれて来たんスか?」
「あ?あァ、今日帰すけどな」
「そんな借りてきたペットみたいに言うなよ」
言ってた事マジだったんだ的な目線を向けてくるまた子ちゃんを軽くこづく。
何するんスか!って怒られたけど、そんな怒ってるまた子ちゃんもかわいいからなにも問題は無かった。
暫くまた子ちゃんと高杉が言葉を交わしているのを部屋の隅に腰を下ろしながら聞き流し、部屋を後にするまた子ちゃんを軽く振った右手で見送る。
さてと、と。高杉に向き直った。
しかしあたしが口を開くよりも先に、高杉が口を開く。
「真選組の奴らは…まったく動かねぇなァ」
「、…そうだねえ」
高杉に何かを言おうとしたのだけど、その言葉ですべてを忘れた。
笹本一派や他の奴らは無事しょっ引けたのだろうか。まず、それを考える。
怪我人も少なく終わってくれていたら良い。
真選組大活躍!なんて新聞に載っていれば、最高だと思う。
そして、高杉の言ったことを、考えてないわけではなかった。
携帯は恐らく電源を切ったまま、高杉がどこかにやってしまった。少なくともこの部屋には無い、はず。ある程度は探したから。だから連絡が来てるかどうかとかは、わかんない。
探していてくれるだろうかと思う反面、何もしてないだろうと思った。
沖田や山崎、千果は、個人的に動いてくれてるかもしれないけど。「真選組」としては。あたしに関して動いてはいないだろう。
近藤さんはともかく、土方がそれを許可するとは思えなかったから。
「見捨てられたんじゃねェのか?」
厭らしく笑う高杉に、ふ、と笑みを溢した。
それは無いと思うけど。もし、そうだとしたら。
「そん時はあたしも、真選組の敵になるかもね」
冗談めかして呟いた。
その言葉が、意外だったのか。一拍あけて高杉はククッと彼らしい笑い声を漏らした。
にしてもほんと、この人はよく笑うな。意外と笑い上戸なのか。
「なれよ、史紀」
窓の縁から降りて、あたしに近付いてくる。
「俺の物になれ」
毒をもった蜜のような言葉を宙に浮かべ、高杉はあたしの顎をすくった。
落とされるキスは相変わらず、噛み付くようなもので。口角が上がる。
本当、このまま流されたら、楽だろうなあって思うんだ。
真選組のことも、ウン年来の親友のことも、大好きな人たちのことも、全部忘れて。
高杉のそばにいるだけ。きっとこの人はあたしを離さないで、飼い殺しにするように、じわりじわりと堕落させていくんだ。
自分で考えることをやめて、ただ高杉の玩具になるだけの人生は、楽だろうな。
もう銀さんも沖田も山崎も、誰も傷付けないですむ。あたしも傷つかないですむ。
なにより、高杉のそばは退屈しないだろう。そう思った。
でも、ね。
「――…、高杉」
口をゆっくりと、開く。名前を呼べば、舌で唇を舐められた。
そっと離れていく唇を心のどこかでもったいないと思いつつ、続きの言葉を紡ごうとする。
けれどそれはまた、高杉に遮られた。
「頷きてぇと、俺の物になりてぇと、一瞬でも思っただろ?」
「っ、…なぜばれた」
せめてもの抵抗にと、茶化してみる。
高杉はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「お前の目が言ってんだよ。全部投げ捨ててえってな」
言われて、ぽかんとして、そして。
あたしは声を上げて笑った。「あはは、」「はは」落ち着いてきた頃に、呟く、「高杉には何でもバレちゃうんだね」。
純粋にこの人が怖かった。なにも言ってないのに、なにも教えてないのに。高杉はあたしの事をいとも簡単に見抜く。
生きてきた世界が違うんだ。ぬるま湯に浸かって、平々凡々な人生を歩んでたあたしと、高杉じゃ。
だからあたしには高杉の考えている事がわからない。だから高杉には、あたしのことがわかっちゃう。
こりゃ勝てねーわ。浮かんだのは、自嘲と諦念が混ざったような、複雑な笑みだった。
「でもあたし、高杉んとこには行けないんだよね」
身に纏ったままの高杉の着物を見下ろして、呟く。
「この世界であたしを生かしてくれたのは真選組。この世界で最初にあたしを愛してくれたのは銀時。この世界であたしを一番知っていてくれるのは千果。あたしはそんな大切な人たちに、裏切り者だと思われたくない」
嫌われるのが怖い。捨てられるのが怖い。だから一番最初の場所にすがる。
あたしは弱虫だから、そこから離れたくない。
顔をあげて、高杉と視線を絡める。
にへらと、笑って見せた。
「まずあたし、高杉の煙管のにおい、嫌いなんすわ」
あたしの言葉を黙って聞いていた高杉は、そこで小さく、笑った。
(俺も、お前の煙草の臭いは嫌いだ)(あたしの煙草評判悪いなあ)
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