手向けの徒花4
翌朝。ずきんずきんと痛む腰を支え、立ち上がる。
部屋の隅にくしゃくしゃになって放られていた着物を適当に掴んで羽織る。と、そこで気がついた。これ、高杉のだわ。
…まあいいか。
髪を結おうとして髪紐が無いことに今更気が付き、舌打ちをひとつ。
まあ無いならないでいーわと、部屋のすぐそばにあった風呂場に向かった。ちなみに高杉はマジ寝か狸寝入りかは知らんが寝てるなう、である。
ちゃんと女湯と男湯で分かれてんだなあと思いつつ、女湯へ向かう。
脱衣所で棚の中に高杉の着物を突っ込んで、備え付けてあった小さめのタオルを手に風呂場に入った。
「…ひっろ」
そして綺麗だ。このぼんぼんめ。
適当な場所に座って体や髪を洗い、広い湯船に浸かる。
温泉気分やばい。もしかしたら今頃山崎とかがあたしのこと探し回ってくれてるかもしんないのにこんなのんびりしてていいのだろうかあたし。でもこのお風呂すごいよおちょう気持ちいい。
このまま寝ちゃいそう…と、瞼と瞼がくっつきそうになった、瞬間。
ドガアンと壊れるんじゃないかってくらいの勢いで開いた風呂場の扉に、びくっと体を震わせて瞼を押し上げた。
「しっ晋助様ァァアアア!!?ここ女湯ッスよおおお!!」
あっまた子ちゃんだ。察した瞬間、どうしたもんかとひとまず影に隠れようとした。が、ちゃぷんと跳ねたお湯の音がまた子ちゃんには聞こえてしまったらしい。
何してるんスかと絶叫が聞こえた。ほんのり嬉しそうな声音なのは何でだろうか。思わず真顔。
「あー…あたし晋助じゃないです」
「……えっ!?」
そろりと手をあげて、声を出す。
あたしの声に心底びっくりしたのか、また子ちゃんは全力でこっちへと駆け寄ってきた。服は着ている。
「あ、あ、あ、あんた誰ッスか!!晋助様を呼び捨てにするなんて、無礼者ォ!!」
「いやそれはノリで…っていうか、あたしのこと高杉から聞いてないんですか?」
「は…?」
じろり、また子ちゃんはあたしをまじまじと眺める。全裸の時にそういうことされると女同士とはいえさすがに恥ずかしいんだが。
暫く見つめられたあと、合点がいったのかまた子ちゃんは「ああ!」と声をあげた。
そして続く、「紅桜の時の!」である。ちょっとびびった。
「晋助様と似蔵に気に入られてた女!」
「そりゃどうも」
ふっくざつぅ〜…。ていうか似蔵のこととか正直忘れたいんですけど。思い出させないでくれよまた子ちゃん。
「何であの時の女が、ここに、ていうかアンタ真選組ッスよね!?」
「ええまあ。今日は高杉に拉致られてここにいるんで真選組のお仕事とは無関係です」
「そんなん信じられると思ってんスか!」
「んじゃ高杉に聞きにいきなよ…多分拾ったとか答えるから」
ため息混じりに答えて、湯船に鼻の下までもぐる。
もう何も答えないよ、の姿勢であることに気が付いたのか、また子ちゃんは忌々しそうにあたしを見下ろすと風呂場から出て行った。
まじで晋助…じゃねーや高杉のとこ行くのかな。また子ちゃんが晋助様晋助様言うもんだから移っちゃったじゃねーかちくしょう。
と、思いきや暫くしてまた子ちゃんは、服を脱ぎタオルで体を隠した状態でこっちへと戻ってきた。
ものすごいスピードで体やら髪やらを洗うと、ばしゃんと湯船の中…あたしの隣へ入ってくる。ど、どうした。思わず焦り気味の表情でまた子ちゃんを見やった。
「目を離した隙に勝手な行動取られたら困るから、監視させてもらうッス」
ちらと横目で睨まれる。
やだこの子ほんとかわいい。そのツリ目が可愛い。
「な、な、なに言ってんスか!?」
「え、口に出てた?」
「見ず知らずの女に可愛いとか言われても嬉しくないッスよ!」
「ああ、あたし川崎史紀です」
「あ、来島また子ッス!…ってそうじゃなくて!」
ほんと可愛いなまた子ちゃん。思わずゲンドウポーズになるわ。
鬼兵隊の女の子がこんなに可愛いわけがない。わけがあったわ。
高杉はいいなーこんな可愛い子に想われてて。まああたしには山崎や沖田がいるけどな!ドヤァ!
その後はなんやかんや文句を言われつつもガールズトークをして過ごした。
意外と恥ずかしがり屋なまた子ちゃんほんと可愛かった。癒されたよあたしは。
(また子ちゃん胸でかいよね)(な!ちょ!何言ってんスかァア!!)
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