手向けの徒花2
うっすらとした眩しさを感じて、瞼を押し上げる。
脳に霞がかかったような感覚だ。眠い。ひたすら眠い。頭がぼーっとする。
頭上の明かりが眩しくて、腕で目元を覆った。すっげー眠い。やばい。二度寝しようかな。つーかあたしの部屋の電気こんな場所にあったっけ。
目線をちらりと横に向ける。紫色が見えた。目元を覆っていない方の腕を伸ばして、紫色をひっぱる。なんだこれ。こんなんあたしの部屋にあったか?
紫色はあたしの手の動きに従って動いて、落ちた。引き寄せる。…煙草くせえ。あたしのとも土方のとも違う臭いだ。くっせえ。嫌いだなこの臭い。眉を寄せる。
ぺいっと紫色を放る。紫色の向こうには、肌色が見えた。白い。あたしより白いんじゃねーか。いやあたしのがまだ…いやしかし…にしても綺麗な肌だな。誰だ?沖田、にしちゃ筋肉の付き方が違うし、山崎なわけないし、銀時しては細身すぎるように思える。
ほんとに、こいつ、だれ。
目元を覆っていた腕に、冷たい指が触れる。つうと撫でられて、鳥肌が立った。
笑い声が降ってくる。愉しそうな声。むかつく。なのに背筋が震える。この声がもっと聞きたいって、心の奥が言ってるような。
腕を掴まれた。やっぱり、ひんやりとした手だ。
いや、あたしの体が熱いのか。寝起きだもんなあ。つーかあたしいつ寝たんだっけ。確か高杉の部屋に行って…――っ!!?
「てんめっ!!、つっ…、」
勢いよく体を起こした瞬間に、頭痛が走った。雷みたいにドカンと来た。
頭を押さえて、今の今まで寝転がっていた布団にリターンする。体の向きを変えれば、はだけた着物姿であぐらをかき、あたしを見下ろす高杉の姿が見える。全力で舌打ちをこぼした。
「ここどこ」
「俺の船」
「何であたし全裸なの」
「寝てる間にもヤったから」
「アホだろ死ねよお前」
あっけらかんと答えられて頭痛が悪化した。ああ、はい、道理で腰がすっげえ痛いわけだ。
「寝てる癖にあんあん喘いでて、面白かったぜ?」
「そりゃどーも」
布団をたぐり寄せ、体にかける。
あたしの煙草は無いなあと思いながら、ぼんやりと霞がかってうまく思考の出来ない脳みそに舌打ちをした。催眠薬の副作用か…こりゃ暫くはまともに動けないな。
「わざわざ船まで連れてきて、どうするんすか」
「別に」
「ほんとお前いっぺん死ねよおもおおお…」
めんどくさいよこの人おおお。
しかし頭ぼーっとしてるせいでロクな言葉出てこない。死ねよを連呼するあたしが物珍しいのか面白いのか、高杉はただ笑っていた。楽しそうで良いですねあんたは。
ていうかこの状況割と真面目にやばくね?あたしヘタしたら裏切り者呼ばわりされそうなんですけど。震える。
「今何時?」
「…18時を回った頃だ」
「まじで?もう始まってんじゃん」
「お前には関係のねェ事だけどな」
言いながら、高杉はあたしの顔の両脇に腕をつく。そのまま首筋を吸われ、また背筋が震えた。
ところであなたの性欲っていつ尽きるんです?
「残り1日…てめえは俺のもんだ、史紀」
「っ、その声、やめて」
背中がぞくりとする。この声に、従いたくなる。
あーやっぱりあたし高杉好きだわと再認識して、なんだか泣きたくなった。
ここにはいられない。高杉には、ついて行けない。ついてっちゃ、駄目なんだ。
一番最初に会ったのがこいつだったら、あたしと千果はどうなってたんだろうか。高杉と一緒に、いたんだろうか。その時も高杉はこうして、あたしを求めるのかな。
…まあ千果はあたしと離れてでも真選組行きそうだけど。「敵なら敵でも面白いよね!」とか言いながら。あいつ近藤さん大好きだからなあ。
「何を考えてる?」
問われ、小さく笑う。泣きそうな顔に見えたんだろうか、高杉はただ、怪訝そうにあたしを見下ろしていた。
「高杉に拾われてたら、きっとあたしは誰も傷つけなかったんだろうなって」
それだけ。
そんなたらればを、考えてみただけだ。
(そのもしもが、幸せだとは限らないけど)
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