地下の花5
暫く経って落ち着いたらしく、少し離れた場所で化粧をしている山崎を横目で見ながら携帯のボタンをプッシュする。
ディスプレイに並ぶ土方の名前と携帯番号。
数秒のコール音の後不機嫌そうな声で出た土方に、高杉から得た情報を伝えた。
「それは信用に足る情報なのか?」
「店の人にも確認してきた、名前こそ違うけど宴会場には確かに予約が入ってる。それとさっき非番の隊士に連絡して笹本一派が仮アジトにしてるって言ってた場所に探り入れてもらったんだけど、そっちも宴会ムードだったって。それに…」
「…?」
高杉は、嘘をついてない…はず。
悪い奴だけど、真選組や幕府を憎んでいるけど、あの時の高杉は嘘を言っていなかったと思う。
…まあ、高杉にとっちゃあたしみたいな小娘騙すのなんて、朝飯前なんだろうけど。
「大丈夫。人数は30人弱。笹本一派と親交を密にしてる長瀬と井上も来るらしいから…過激派の主要メンバーを一斉に検挙できるチャンスだと思う。時間は17時」
「…わかった、隊士を編成してそっちに送る」
以降は詳しい状況や作戦、人数の編成等について話し、通話を切った。
その頃には山崎の化粧も終わっていて、着物に腕を通しながらあたしの様子をうかがっている。
開こうとした口を噤み、やんわりとした笑みだけを浮かべ山崎に背を向けた。
「史紀さん、」
「山崎も、気をつけてね」
「、…はい」
何か言いたげな山崎の声も届かなかった振りをして扉を開き、3階の部屋で待っているだろう高杉の所へと歩を進める。
鬱屈とした気分になりながら、頭を抱えた。
何やってんだあたし。大丈夫か。
大丈夫じゃないよな…最低な人間にも程がある。
…けど、そんなことをうじうじ考えても仕方ない。
銀時や沖田、高杉に手を出すって決めたのはあたし。山崎には手を出さないって決めたのもあたし。全部自業自得だから、今更後悔したって意味がない。
とにかく今は、攘夷浪士の検挙が先だ。
「今にも死にそうなツラしてんじゃねェか、なんかあったのか?」
3階一番奥の部屋の扉を開けば、煙管から伸びる煙をくゆらせている高杉がくっくと肩を揺らしながらそんなことを訊いてきた。
字面だけを見れば心配してくれているようだけど、こいつはただ単に面白がっているだけ。そういう奴だってのは、短い付き合いだけどよく分かる。
別に、とそっけなく返して枕元に置いたままだった煙草を手に取り、1本を口に咥えて火を付けた。
口内から気管を通り、肺の奥まで行き渡るよう煙を深く吸って、ため息と共に静かに吐き出す。
ふわふわと白い煙が空気に紛れて消えていくのをぼんやりと眺めていたら、投げ出していた右手を高杉に捕まれた。
「…なに」
「真選組とは連絡をとったのか?」
「そうだけど」
「俺の話が嘘だとは、思わなかったのか」
高杉の言葉に驚いて、ひゅっと勢いよく吸ってしまった煙草の煙にむせる。
っげほ、ごほと数回咳き込んでから、涙目で高杉を見つめた。何言ってんだこいつ。
「嘘だったわけ?」
はあ、と息を整えながらそう返せば、一瞬目を丸く見開いた高杉は声を上げて笑った。
おーおー、楽しそうに笑いおる。
中程まで灰に代わってしまった煙草の火を灰皿に押しつけて消す。
ようやく笑いがおさまったらしい高杉を見やれば、唐突にぐっと顔を近づけられた。
「笹本一派との戦い、お前も混じるんだろう」
「まあそりゃね、一応。てか多分宴会自体に混ざっとくと思うし」
そこまで言ってから、仮にも攘夷浪士のトップにこんなこと話していいんだろうかと頭をひねる。まあ言っちゃったもんは仕方ないかとすぐにその思考はストップさせたんだが。
「んでまたこの前みたく怪我すんのか」
「前の怪我はあんたの所為でしょうが、刺した本人が何言ってやがる」
「弱ぇお前が悪いんだろ」
どうしようこいつ殴りたい。でも多分殴ろうとしたとこで腕取られて終わりそうだからやめとこう。くっそむかつく。
確かにあたしが弱いのは事実だしな!ちくしょう!
高杉から顔を背けてぶつぶつ文句を言っていたら、不意にあたしの右手を押さえていた高杉の手が離れる。
その流れでなんとなく高杉に視線を戻せば、こいつはまた楽しそうな笑みを浮かべていて。
あ、やばいこいつなんか企んでる。
「まあ一杯飲めや」
「催眠薬とか入ってそうなんで遠慮します」
「安心しろ、ただの催淫剤だ」
「尚更安心できねえよ!」
つーかなんか入ってるのは合ってたのな…!
何を企んでるのか読めない高杉から一歩身を引き、全力で警戒しながら携帯を手探りで探す。
いざとなったら山崎に連絡入れて保護してもらおう、あたし1人だったらまた刺されたり拉致られてもおかしくな、い…。って。
探しても探しても見つからない携帯に疑問符を浮かべ、ふと目線を上にあげる。
そこにはあたしの携帯についている千果とお揃いのストラップを指に引っかけて、携帯を揺らしながら笑っている高杉の顔。こいつ笑いすぎだろさっきから。
「何であたしの携帯!?」
「さっき盗った」
「盗んなよ!」
あっけらかんと言ってのける高杉はあたしの携帯を開いて何かしらの操作をすると、そのまま懐にしまい込んでしまった。
な、なにをする…!
(あんたの行動読めなすぎてやんなる!)
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