紅色の空3
翌日の朝。
万事屋に泊まったあたしは、着替えにいったん屯所へ戻るため銀ちゃんを起こさないよう静かに外へ出る。
それを追いかけるように出てきた新八くんの表情は、昨日の夜が嘘のように引き締まっていた。うん、良い顔。
「僕は銀さんに仕事を依頼した刀鍛冶の人のところに行ってきます。神楽ちゃんがまだ帰ってきてないのが不安ですけど…」
「…神楽ちゃんはあたしと千果が迎えに行くよ。元来あいつらはうちの管轄だし」
鬼兵隊、高杉晋助。
やっと会えるのか、楽しみだな。
でもあんま余計なことするならほんといっぺんしょっ引いてやろうかまったくもう。あたしらの可愛い神楽ちゃんに怪我させやがって。
「新八くん、無茶なことしちゃダメだよ。突っ走りすぎないようにね」
「それを史紀さんが言うんですか?」
「…かわいくねーの」
にやりと笑った新八くんの頭をぱこんと軽く叩いて、万屋の前で別れる。
あたしは屯所に、新八くんは鉄子達の家に。
屯所に戻ったら千果を連れて高杉の船に突っ込んでやろう。
土方達にバレないようにしないとな、あの人達勘が鋭いから。特に沖田とかね。
千果にメールを送り、歩く速度を速めた。
――…
父親に見つからないように朝帰りした娘みたいに、こそこそと屯所の廊下を歩く。
近藤さんなら別にいいや、土方と沖田に見つかるのは避けたい。説明めんどくさい。山崎もなんだかんだで勘が鋭い時あるからなあ…会わないにこしたことはない。
会いたいけどでも会いたくない。この矛盾…。
「銃も持ってっとこうかなあ」
着替え終わり、大体の準備をすませて自分の部屋を出ようとしたときにふと思いつく。
松平さんにもらった拳銃。あたしも千果も持っているけどほとんど使ったことはない。
どうしようかと部屋の前で悩んでいたら、ぽんと肩を叩かれた。
「何してるんですか?史紀さん」
「や、山崎…」
今日も可愛いけど今は会いたくなかったです山崎さん。
思わず口元が引きつるのを感じながら、おはようと若干裏返り気味の声で呟く。
ちょっと不思議そうな顔でおはようございます、と返してくれた山崎は珍しく隊服を着ているあたしを見て、その表情からさらに眉を寄せてクエスチョンマークを浮かべていた。
「どこか行くんですか?」
「うんまあ、ちょっとね」
「そういえばさっき千果さんも隊服着て、刀の手入れしてたんですよね」
「へ、へえそうなんだ、珍しいねー」
へらりと笑うあたしに、山崎の訝しげな表情は消えない。
どうしようなんか嘘つきづらい。嘘つくのなんか全然苦手じゃないのに、この山崎の目ぇ見てたらしどろもどろになる。これが惚れた弱みってか…!違うか。
「史紀さん、また何か危ないことしようとしてませんか」
ぱしりと腕をとられる。
その手の先には、昨日岩肌のところを殴ったせいで出来た傷にまかれた包帯。
それを見て、山崎の顔は更に険しいものになっていった。
あたしそんな厳しい顔の山崎見たくないよ笑ってくれよまじでお願いします。
「どこに行くのか教えてください。場所によっては、行かせるわけにはいかない」
「山崎…、」
「俺は、史紀さんにこれ以上、傷ついて欲しくないんです」
ぎり、とあたしの腕を掴む手に力がこもる。
ああだからか、と心の中で納得した。
何で山崎に上手く嘘がつけないのか。惚れてるからとか可愛いからとか、そういう理由じゃ…ない。
山崎がひたすらに真っ直ぐ、ただあたしを心配してくれているからなんだ。
それがどうしようもなく嬉しくて、切なくて、やるせない。
あたしはそんな山崎の気持ちも踏みにじらなきゃいけないのか。ほんと、好かれる権利なんて無いな。
「ごめん、ごめんね…山崎」
山崎の手を、そっと反対の手で離す。
顔が見られない。顔を上げられない。
その時聞こえてきた千果のあたしを呼ぶ声に、弾けるように振り返ってあたしの手を再び掴もうとした山崎の腕をすり抜けた。
「史紀さんっ!!」
そんな声であたしの名前を呼ばないで。
数歩進んで立ち止まり、微笑みながら山崎に顔を向けた。
「心配してくれて、ありがと」
あたしは大丈夫だから、山崎を悲しませるようなこと、しないから。
きっと、きっと。
「いってきます」
ぺこりと山崎に向かって深く礼をして、早くー!とあたしを呼ぶ千果の元へと走っていく。
山崎がどんな顔をしていたのかは知らない。
いってらっしゃいとは、さすがに言ってくれなかったなあなんて考えながら、小さく笑った。
(どうして何も話してくれないんですか)(俺はそんなに、頼りないですか)
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