甘さの延長線上4
ぽたり、ぽたりと足下に血溜まりが出来ていく。
ふらつく体と薄れる視界の中、ぎりっと自分の手の甲をつねって、真っ直ぐに梁絵さんを見据えた。
「その復讐の為なら、あたしの愛してやまない人を殺してもいいんですか。梁絵さんと同じ思いをする人を増やして…あなたはそれで、満足なの?」
「――…、」
「旦那さん達がどうのとか、こんなんやっても意味無いとか、綺麗事言うつもりはありませんよ。あたしにそんな権利無いし」
刀を杖代わりにし、体重を支えながら立ち上がって、脇腹に刺さった脇差しを抜き取った。
ごぽりと溢れた血が地面に垂れていく。
脇差しを投げ捨て、刀を梁絵さんに真っ直ぐ向けた。
「だけど梁絵さん、あなたが山崎を傷つけるなら、あたしはあなたを許しません。あなたが、天人達を許さないように」
隣から、山崎があたしの名前を呼ぶのが聞こえた。
でもそれを今は気にしてられない。
あたしが投げ捨てた脇差しを拾い上げ、梁絵さんはあたしへと突進してくる。
ふらつく足で刀を構え、それを受け止めたあたしは脇差しを弾いた。
それは、梁絵さんの手には届かない位置に落ち、地面へと突き刺さる。
「じゃあ、わたしはどうすれば良かったのよ…復讐以外に、道なんて無いじゃない」
「…あたしには分かりませんよ。みんなそうやって、わかんないなりに自分の足で歩いてんでしょう」
崩れ落ちる梁絵さん。もう戦う気力はなさそうだった。
周囲に目を向ければほぼ制圧し終えたようで、ほとんどの浪人達が倒れるか捕まるかしている。
戦る気満々なのは、あと十数人ってところか。
「梁絵さん、あたしと千果は、あなたと一緒にいる時間が好きで、あなたを母親のように思ってた。…梁絵さんは?」
「…くだらないことで、けらけら笑って…楽しかったねェ…」
昔を懐かしむ目。
泣きそうな表情で、梁絵さんがあたしの刀の先端を弱々しく握った。
びくりと、手が震える。
「史紀…ひとつ、頼まれてくれやしないかい…?」
「…なに、を」
「わたしを…」
ごくりと喉が鳴る。
その先を言わないで欲しくて、無意識に首をふるふると、横に振っていた。
「わたしを、殺して…」
言われたら、その表情には、逆らえなくて。
「…、あいよ」
涙の1滴も出やしない乾いた瞳に、梁絵さんの最後の笑顔を映して。
頭上に掲げた刀を、真っ直ぐ、梁絵さんに向けて振り下ろした。
ありがとうと、凛とした声が聞こえた気がした。
(その瞳に映ったのは後悔と)(きっと、安堵)
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