演劇の鑑賞者3
鬼道丸が煉獄館に来なくなった。
利吉に「もう大丈夫だと思うよ」と伝えれば、ありがとうと満面の笑顔と共にぱんぱん菓子を1袋もらった。
あたしは、初めて人を斬った。
「勝者、桃夜叉!」
つーか桃夜叉ってなんだよ。
今日たまたま着てた着物がピンク系ってだけだぞ。これ滅多に着ねーよこれから毎回ピンク系で来ないと桃夜叉じゃねーじゃん青夜叉にも黄夜叉にもなれんじゃん。
完璧白夜叉のパクりネーミングじゃないですかーやだー、なんて、心の中でため息を吐く。
浪人から流れた血をたっぷり浴びて赤くなった自分の刀を軽く振り、血を払う。
これって千果とお揃いで近藤さんに買ってもらった刀だったんだよなー、こんなことに使うなんてなー、怒られるっていうかなんか泣かせそうだよな。
泣きながら殴られそう。
近藤さんってなんかお父さんみたいなとこあるからあんま悲しませたくないんだけどね。あと千果が怖いし。
心の中で、何度目かわからない謝罪の言葉を呟く。
誰にも届かない、ごめんなさいを。
「桃夜叉…否、史紀と言うたか。思った以上の強さだな」
「そりゃどーも」
「綺麗な顔をした女、それも子供が浪人共を切り捨てていくのが愉快だと噂が噂を呼んでおる。あっという間に人気者じゃないか」
ンなとこで人気者になったって嬉しくねーよと、吐き捨てながら煙草に火を付ける。
だいたい子供って年でもなくね?もうすぐ20歳だぞこちとら。
「残りあと2戦。これが終わったら天導衆も煉獄館も知ったこっちゃないわ」
「もったいない、お主ほどの美貌と強さならば、我らの元に就かせても良いものを」
「衣食住に困ったら考えときますよ」
そんな日は一生来ねーと思うけどな!
煙草の煙をまといながら、天導衆の男に背を向ける。
あと1回闘技場に上がって、人を斬って、今日は終わり。
明日また人を斬れば、全部終わりだ。
それまでの我慢。
腕や足に残る小さな傷にまかれた包帯をゴミ箱に投げ捨てて、煙草の火を踏み消した。
せめて顔がわれないように、口元をマフラーで隠して闘技場にあがる。
客達の歓声、闘技場に残る血の臭い、目の前に立つ殺る気満々の浪人。
全部、全部。反吐が出る。
「ほんっとやんなるわー」
中学生の時とかは、人とか余裕で殺せるしーなんて思ってたけど、現実になるとこれはないなと心底思う。
まだ銃とかだったらマシだったかもしれない。弓矢とか、そういう飛び道具なら。
刀で人を斬る感触なんざ、味わいたくなかったね、まじで。
基本的に豆腐メンタルなんだよあたし。
こう見えて打たれ弱いんだよほんと勘弁してください。
5戦じゃなくて3戦にしとけば昼の2時には帰れたのに!3時からやってたドラマの再放送リアルタイムで見られたのに!過去の自分のばか!
カーン、と遠くでゴングのようなものが鳴る。
それと同時に動いた浪人の刀を、ひょいと跳んで避けた。まだあたし刀抜いてないのにせっかちさんだな。
「女子供とて容赦せぬぞ!」
「そっすか」
上から横から、この人刀を振る動作が大きいなあ。ボディががら空きだぜ!って言いたくなる。
刀を抜かないままひょいひょいと避けるだけのあたし。
浪人がすごいイラァって感じの顔をしてきたから、そろそろ刀を抜いて終わらせた方がいいかもしれない。
我ながら器用だと思いつつ、上下左右から迫り来る刀を避けながら腰に差された刀を抜いた。
闘技場の照明に反射して、それは鈍く光る。
浪人の顔が一瞬、さあと青ざめた。
「「――…史紀!?」」
あたしの名前を呼ぶ、大きな2つの声。
ゆっくりと観客席を見上げる。探す。
遠くに見える、4人の影。
こんなタイミングで来ちゃうんすか。
もうそんな、時期だったんだ?
「銀時…沖田、」
息絶えた浪人の血を右腕いっぱいに浴びたあたしを、万事屋の3人と沖田が、呆然と見つめていた。
(何で、なんで)(お前がそんなところに)
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