「お初にお目にかかりまする、春佳殿。某は真田幸村と申します」 「、初め…まして」 初めて目にした、姉さんと結婚するらしい"真田幸村さん"は、まさしく私の知っている真田幸村だった。見た目も、体格も、喋り方も、声も。 幸村さんの後ろで子供達を座らせている姉が「春佳、緊張しすぎ」なんて笑っている。幸村さんも「絢佳の妹君であれば某の妹も同義、気楽にしてくだされ」と笑ってくれている。 全ての声が、いやに遠く感じた。喉が渇く。 「……努力します。姉をよろしくお願いしますね」 「無論にござりまする!」 喉が、何でこんなに渇くんだろう。 私の意志に反して、口は、顔は、幸村さんへ向けてにこにこと言葉を紡いでいく。私の態度が予想していたものより柔らかだったからか、幸村さんはとても嬉しそうに私の手を握ってくれた。なるほどそれは、兄が妹にしてみせるような温もりだった。 話が一段落し、姉さん達がメニューを眺めている中で、一言断ってから個室を出る。 無性にここにいたくなかった。外の空気が吸いたかった。 「……きっつ、」 思いの外低い声が出た。 私の視界に存在したのは、幸村そのものだった。大切なものを慈しみ、守る、立派な男の姿の幸村だった。私が思い描いていた理想そのものだった。 "それ"が愛しく想うのは、私の姉だ。 なんとなく持ってきていた鞄の奥底から、滅多に吸わない煙草を取り出す。 なかなかついてくれないライターをかちかち、かちかち、何回も鳴らして舌打ちを溢せば、じゅっとジッポライターの火がつく音がした。しゃがみ込んでいた体勢で、視線を上げる。 「春佳ちゃん、煙草吸うんだね」 「……まあ、時々」 差し出された火に煙草を近付け、火を付ける。肺いっぱいに煙を吸い込めば、頭の奥がじんとした。溜息のようにして、煙を吐き出す。 佐助さんも煙草に火を付けて、半透明の煙をそっと吹いた。この人も煙草を吸うんだ、となんとはなしに煙を目で追う。 「主ほっぽって一服とかしていいんですか」 「俺様一服しに来たわけじゃないもーん。美野里さんがもうすぐ着くって言ってたから、お迎え」 「あっそ」 それからは互いに無言で、煙を吐く音と、店内から漏れるBGMだけが時折鼓膜をくすぐった。 慣れてない人との無言はどうにもキツいものがあるけれど、不思議と違和感は無い。空気みたいな存在だと、良い意味で考えつつ佐助の靴を見つめた。 「姉さん達の結婚式って、いつでしたっけ」 「六月だったかな」 「……あと半月、か」 十五日程度で、私はこの状況を享受できるようにしとかなきゃいけないのか。 所詮、好きなキャラ、でしかない。そうでしか無いけれど、その人がこの世界に居たと知って。でも私が知らない内に、実姉と結婚することになってて。 ……何で姉さんなんだろう。知らない人だったら、知らないまま、幸せに過ごせたのに。 こんな複雑な気持ちにも、成り得なかっただろうに。 「……春佳、佐助くん!何してんのそんなとこで」 「ああ、母さん。遅かったね」 「こんばんはー、美野里さん。お迎えですよ」 「ありがとう佐助くん。春佳はまた煙草吸ってるし」 「焼肉と煙草の相性良いから仕方ないすわ」 腕時計を見れば、七時半。 先に入っていった母を追うように、店先の灰皿に煙草を放り捨てて店内に戻る。水に沈んだであろう煙草は力なく泣き声をあげて、それを視界の端で見捨てた。 私の一歩前を歩く佐助さんが、何故か私の頭を撫でた。 ← → 戻 |