「トリックオアトリート」
「尋常じゃないくらいの棒読みだね……」

渋々つけたツノ付きカチューシャ、魔女風のマント。用意されたお菓子にカボチャのついたステッキ。
完全に出来レースというか茶番というかな状態に巻き込まれた私は、仏頂面も通り過ぎた無表情で、佐助へ例の決まり文句を告げていた。

十月末、つまり今日はハロウィンである。
都会ではハロウィンに乗っかった若者たちが仮装行列を為している頃、私はカボチャの煮付けでも食べながらテレビを眺めているはずだった。というか、今まではそうだった。
が、今年は佐助がいる。そしてこいつは、敢えてこいつと言うが本当にこいつは、思いも寄らぬことをしてくれる。

仕事帰りに買い物をして帰ってきた佐助の手には、魔女っ娘風の衣装ワンセット。そしていそいそと作り始めた夕食はカボチャのポタージュやら何やらとハロウィン風のものばかり。極めつけにカボチャのケーキまで作り上げていた。
アラサーの男とは思えないノリノリっぷりである。渋谷に行っても紛れこめるんじゃねーかこいつ。

で、その佐助の勢いと熱意に負けた私は、二十も過ぎた大人のくせにパリピよろしく仮装をして、冒頭の台詞を言わされたわけだが。
ばりばりお菓子用意していたくせに「ごめんお菓子ないんだ!」と星マークを飛ばされてしまい、もう私はげんなりとすら出来なかった。無だ。無である。
何なんだこの茶番。

「お菓子がないならイタズラだよね?かわいい魔女さんは俺様にどんなイタズラしてくれるのかな〜」
「……ごめん、本当に申し訳ないんだけど……忌憚なく本心を言わせていただけるのなら、率直に申し上げて大変に気持ち悪いです」
「その言い方はいつもの三倍くらいつらい」
「素面で魔女っ娘衣装着せられてる私も十二分につらいから安心してほしい」

冷静になったのかと思いきやすぐさまテンションを持ち直した佐助が、再び「で、どんなイタズラしてくれるの?」と私の太股に手を這わしてくる。
折れない……こいつ折れないぞ……。もしかして酔ってんのか……?
そう思ってしまうくらいなのだが、この場にお酒はない。つまり佐助も素面だ。じゃあ何だ……状況に酔ってんのか……ていうか浮かれてるのか。そうか。なるほどな。
一人でうんうんと頷いている内に、太股を這っていた掌がお尻まで向かおうとしている。ぺしんとはたき落とせば、案外すんなりと離れた。

「佐助って意外と季節の行事好きだよね……」
「春佳ちゃんと一緒だからね」
「ああそう」
「クリスマスにはあっと驚くプレゼントをあげる予定です!」
「とてもいらないです」

よし、話を逸らせた。内心ガッツポーズをして、そろそろこれ脱いでいい?と口を開こうと……。
したのだが。

「それで、どんなイタズラしてくれるの?」
「まだ引っ張るの!?」

もうこれは恐らく、何かしかのイタズラをしないと逃がしてくれないパターンのやつだ、とあまりの食いつきぶりに察してしまった。察したくなかった。
とはいっても、イタズラって何をすればいいんだ。今まで見てきた二次創作や漫画におけるハロウィンのイタズラって、だいたい性的なものばっかなんだが。まったく参考にならない。

あからさまなくらいの顰めっ面でうんうん悩み始める私を、佐助はにこにこと楽しそうに眺めている。腹が立つ。
本当に腹が立つくらい頬が緩みまくっていたから、むに、とそれを親指と人差し指の間に挟んでやった。頬を抓られた佐助はそれでもにやけ面を崩さず「いひゃいよ」と、さして痛がってない声音で呟く。
指を離し、なんか私より触り心地良い肌だったな……と心の隅で妙なショックを受けながら、ひらひらと両手を揺らした。

「はい、イタズラ終わり」
「え〜これで終わり?小学生だってもっと面白いイタズラするよ」
「……佐助」

軽い溜息と共に名前を呼べば、なぁに?と首を傾げる。
相変わらずあざといなと生ぬるい目をしつつ、つけていたカチューシャを佐助の頭へ載せた。……似合わない。

「そもそもハロウィンは、私たちが、二人でやるような祭りじゃない」
「そんな淡々と言い聞かすように言わなくても……」

ともあれ、ようやく私のドン引きっぷりを理解してくれたらしい。
私が渋々着ていたマントを脱がし、丁寧に畳んで脇へと置いた。そしてわざとらしい溜息を吐きながら後頭部で両手を組む。

「は〜あ。ま、あの春佳ちゃんが魔女っ娘コスしてくれただけ儲けモンかね。どうせこんなことしたの初めてでしょ?」

肯定も否定もせず、ちろりとだけ視線を向ける。
にひ、と変な笑い声をあげて、佐助がこちらに顔を近付けた。

「春佳ちゃんの初めて、奪っちゃった〜、なんてね」
「何言ってんだか」

呆れながらも、その顔があまりにも嬉しそうだったから。

一回バイト先で魔女コスしたことあるんだよなあとか、大学時代に女の先輩にも「春佳って意外と可愛い顔してんだからこんぐらいイケるわ!」と半ば無理矢理狼女みたいな格好させられたことあったなあとか、そういう思い出を私は胸の奥深くにしまっておいた。
世の中、知らない方が良いこともある。


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