「ねえ春佳ちゃん、お祭り行こう!」
「その日バイト」

私のバイト先近くにある河川のほとりで、毎年行われている中規模程度の花火大会。そのチラシを両手に満面の笑みで誘いをかけてきた佐助は、けれど私の返答に一瞬で顔色を絶望に染めた。
祭りの時期、バイト先である喫茶店はかき入れ時だ。近場にあるからこそ、待ち合わせや休憩に使う人が多く訪れる。店外ではかき氷やドリンクなんかも販売するし、人手はいくらあっても足りない。
つまり、休みなんかとれるわけがない。

「どうにかして休めない……、よね〜……」

窺うように言ってはみたものの、私の悟りを開いたかのような眼差しで全てを察したらしい。
花火大会当日の夜は地獄なのだ。蒸し暑い上に、評判が良いおかげでわんさか集まってくるお客さん。作っても作っても作り終わらないドリンクやかき氷。店外販売に割り振られた時なんかは死を覚悟する。
その分、ボーナスはもらえるからいいけども。

そんなわけで、花火大会は毎年かき氷器をガンガン稼働させながら花火を眺めるか、店内であくせく動き回りながら花火の音だけを聞くだけの日だった。
店を閉めてからは独り身の店員同士で集まり、手持ち花火とビールを両手に「今年もリア充祭りでしたね〜」「目の前でかき氷あ〜んしてるカップル見た時には氷ぶん投げそうでしたわ〜」と、悲哀溢れる打ち上げをする。

「誘える女の子くらい他にいるんじゃない?行ってきたらいいじゃん、割と楽しいらしいよ」
「いやいや、俺様こっち来てまだ半月も経ってないんだよ?そんな子いるわけないじゃん。悲しい独り身ですよ俺様は」
「かわいそうに……」
「ガチトーンで憐れむのはやめてくんない?」

だから春佳ちゃんが一緒に行ってくれればよかったのに!と佐助は頬を膨らます。女子か。
でもすぐに「ま、お仕事じゃ仕方ないよねえ」と肩を竦める辺りは、物わかりの良い女子だ。良妻の貫禄すら感じる。

「せっかく休みとったのになあ」

一人言のように呟き、家中の掃除でもするかあと佐助は指を折り始める。浴室、台所、そういえば玄関の拭き掃除もしてなかったな、あとはベランダ――と、良妻通り越してお母さんになってきた佐助に、はたと一つの案が浮かぶ。
そういえば店長が、男手が足りないと嘆いていた。バイトの男子高校生がみな涙ながらに「彼女との初祭りなんスよ!」「これを逃したらワンチャンねえんですって!!」と訴えていたからだ。青春の一ページを地獄で埋めるのは忍びないと思ったらしい店長は、彼らに夕方上がりのシフトという慈悲を与えていた。代わりに独り身はみんな通しだったり夕方からだったりするんだが。

私のあくどい笑みに気付いたらしい佐助が、首を傾げる。にっこり、らしからぬ笑みを深めた私は、スマホを手に取り店長の連絡先を表示させた。

「佐助、接客得意だよね、絶対」
「えっ」
「掃除なんていつでも出来るよね、ていうか部屋めっちゃ綺麗だし、緊急性ないよね」
「えっちょっ、ねえ春佳ちゃん、俺様せっかくのお休み――」
「私の雑貨と下着」

ゔッ、とそこで佐助の言葉が詰まる。
にっこり笑顔のまま店長に電話をかけ、繋がった瞬間に「花火大会当日の即戦力男手、確保しました」と伝えた。「よくやった、ボーナス弾む」と店長の返答。
私はますます笑顔を深めて、佐助へとサムズアップした。佐助はしくしくと休みの消失を嘆いていた。

「一緒にお祭り(テンションのお客さんを眺めながらの地獄のバイト)を楽しもうね、佐助!」
「わ、わ〜い……カッコの中聞こえない振りしたかった……」


 *


花火大会当日、午後九時。打ち上げ花火も終了し、店内のお客さんも徐々にまばらとなっていく。
ゾンビを背負いながらも笑顔で最後のお客さんを送り出し、十時過ぎには店を閉めた。後片付けと翌日の仕込みをしながら、もうさっさと打ち上げやりましょう店長〜あとちょっとだ頑張れ〜なんて気怠い声が時折飛び交う。

特に研修もせず当日出勤だった佐助は、予想通りの即戦力っぷりだった。愛想抜群、接客力マックス、軽食もレシピをちらと見ただけでささっと作ってみせる調理力。店長も思わず「やだ……ずっと働いててほしいわ……」と何故かオネエになっていた程だ。
佐助のおかげで例年よりゾンビ化したスタッフは少なく、疲労を見せながらもみんなは打ち上げを楽しみに動いていた。勿論それは私もだ。ボーナス増えたしな。


後片付けも終わり、店の裏で各々がビールや手持ち花火を開けていく。
独り身女性スタッフに囲まれる佐助を横目に眺めつつ、私はとある花火を開封した。瞬間、数人のスタッフがハッ……とした表情でこちらを見る。
いきますよ、とそれらに着火した。

「やっぱなんかテンション上がるよなー!」
「わかる〜、童心に返るっつーのかな」

キャッキャと盛り上がるスタッフ数人、バチバチと跳ね回るネズミ花火。
元ヤンの多い我がバイト先は、毎年打ち上げのこの瞬間が一番盛り上がる。私も盛り上がっているのだが、別に私は元ヤンではない。決して。

「春佳ちゃんって実はそういう……?そういえば絢佳ちゃんも……」
「いや違うからね!?姉さんはともかく私は元ヤンじゃないからね!」

相変わらず女性陣に囲まれたままはわわ……とわざとらしく震えてみせる佐助に吠える。
元ヤンじゃない、ちょっと姉に似てやんちゃだっただけだ。あと出身校が悪い。

その後もロケット花火や小さい打ち上げ花火、手持ち花火で字を書いて当てるゲームなんかもしつつ、空の缶ビールや酎ハイはどんどん増えていく。
駐車場のブロックに腰掛けて喫煙者数人と煙草をくゆらせていれば、へべれげになった女性陣からようやく脱出できたらしい佐助がこちらへと歩み寄ってきた。二、三本飲まされていたと思うんだが、酔ってる風には見えない。

「いやあなんつーか、春佳ちゃんのバイト先って愉快だね……」
「みんな肉食だったでしょ」
「本当、俺様ああいう女の子の相手、久しぶりにしたよ」

斜め前の辺りにしゃがみ込み、懐から煙草を取り出す。そういえば佐助も喫煙者だった。

「今日はありがと。せっかくの休みだったのにごめんね、助かった」
「店長さんにも散々言ってもらったよ。ま、給料出るなら文句はないって。働いてる春佳ちゃんを見るのも新鮮だったし」

微かに笑う佐助の顔が、煙草の明かりでうすらと照らされる。周囲に人も、花火の明かりもあるのに、何でかそれだけが切り取られたように私の目に映った。
あの佐助が、こうして目の前にいるんだ。よくわからない……違和感のような、変な気持ちになるのも当然か。慣れつつはあるけど、相変わらず現実感がイマイチない。

「ラスト、線香花火すっぞー。最後まで残ってたやつはボーナス千円!俺の財布から!あとコンビニで水買ってこい」
「ヒュー!店長太っ腹!!」
「最後ただのパシリじゃねーっすか!」

わいわいと盛り上がりながら、全員に線香花火が配られる。もちろん佐助にもだ。受け取って、私たちはそれぞれ煙草をバケツに放り投げた。
いっせーので火ぃつけろよーと店長が声をかけて、まあ多少のタイムラグはあるけども、全員がほぼ同時に線香花火へ火を灯す。
千円のためか全員の集中力はすさまじく、先までの盛り上がりはどこへやら、一気に辺りがしんと静まる。ぱちぱちと微かな火花の音がするだけで、ふと見渡してみれば大の大人が真剣に線香花火を睨み付ける様は異様だった。
ふ、と思わず吹き出せば、その揺れで私の線香花火から火が落ちる。ああ、と落胆の声がつい漏れたが、まあパシられたくなかったし、ボーナスは佐助のおかげで充分もらったし、良しとしよう。

「消えちゃったね」

手元を器用に固定したまま、佐助が笑う。無言のままに頷き、佐助はがんばって、と気のない応援をした。
毎年催される線香花火ボーナス、勝つのは大概バイトリーダーなのだが、今年は番狂わせがあるかもしれない。佐助ってなんかこういうの強そうだし。雑なイメージだけど。

「線香花火って最後まで火が落ちなかったら、願い事が叶うって言うじゃん。もしそうなったら春佳ちゃん、何を願う?」
「それもう火ぃ落ちた人にふる話題じゃなくない?……まあ、そうだなあ……無病息災とか?」
「春佳ちゃんって本当に二十三歳?」
「どうやら火を落とされたいようだな」

じろりと睨め上げれば、ごめんごめんと苦笑気味に謝られる。本当に消してやろうかと思ったが、やめておいた。

「俺様はねえ、春佳ちゃんとず〜っと一緒にいられますように、ってお願いするかな」
「キッショ」
「食い気味にそれは酷くない?」
「ごめんつい本音が」
「畳み掛けるように!」

へらへら笑って拗ねる佐助の攻撃をかわしていれば、辺りから「ああ〜!」「あとちょっとだったのに!」と落胆の声が響き始める。
そうして最後まで火が残っていたのは、想像通りというか、やっぱり佐助だった。

「これで叶うかな、俺様の願い事」

落ちることなく静かに消えていった明かりに、佐助が静かに笑う。
どう返答したもんか考えあぐねて、結局私は「……さあ」としか言えなかった。

佐助が線香花火をバケツに落とし、勝者を讃える拍手が響く。確実に酔っぱらいが大半を占めているなと感じる謎の拍手だった。
よっこらせとオヤジくさく立ち上がった店長が、ボーナスの千円とお使い用の千円を佐助に手渡してぽんと肩を叩く。

「じゃ、コンビニに水よろしく」
「俺様でも容赦なくパシられんのね……」

肩を竦めてコンビニに向かい始める佐助を見送ろうとすれば、そういえば、と連勝者の冠を奪われたバイトリーダーが声を漏らす。

「猿飛くんと上月、随分仲が良いけど付き合ってんの?」
「あっバレちゃいました〜?実はそうなん」
「違います」

周囲に向けられた裏切り者を見る目に怯えつつ、佐助の冗談を遮って否定する。面倒なこと言ってないでさっさとコンビニ行けよチッ、の眼差しで佐助を睨めば、しょんもりとした表情で佐助は去っていった。
顰めっ面でそれを見送り、溜息を吐く。独り身軍団の中で実は彼氏持ちなんですう〜みたいな展開、起こした日には死しか見えない。いやそもそも彼氏じゃないけど。勘違いされるだけでも大問題だ。
私は平穏なバイト先で働きたい。

「付き合ってないならわたしがもらってもいーい?」
「え、私も佐助くん欲しい。絶対良妻系男子じゃん」
「いやあアレは俺様系男子でしょ?一人称もなんか俺様だったし」

きゃあきゃあと集まってくる同輩や先輩に、少し悩む素振りを見せてから、申し訳なさそうに笑みを向けた。

「付き合ってはないけど、佐助、今は私のらしいんで」


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