十二月の一日に婚姻届を提出し、この日をもって私は上月春佳ではなく伊達春佳となった。語呂が微妙な気がするのは気のせいだろうか。 結婚する旨を実家に伝えれば「突然すぎじゃない!?」「しかもあの伊達さん!?」「上月家どうなるの!?」と盛大な反応をいただいた。 いや本当、上月家どうなるんだろうね。姉妹二人して金持ちの嫁ですよ。世の中何が起きるかわからないものだ。 あの、忘れ物を取りに帰った日以来、佐助には会っていない。 こじゅさん伝いに、幸村さんの元に戻ったらしいことは聞いた。ちなみに、この結婚に関して幸村さんからのコメントは無い。聞きたくない気もする。 おめでとうと言われても、何故と問われても、返答のしようがないから。 そして今日、十二月半ばの大安吉日。曇り模様の空の下、私と政宗さんの結婚式が行われる。 主役の割にか主役だからか政宗さんは忙しそうで、私は控え室でこじゅさんを相手にお茶をしばいていた。決してこじゅさんはサボっているのではない、私のお守りという重要なお仕事の最中である。 「にしても、いつだかに漫画で読みましたけど、結婚式の主役は花嫁じゃないんですね」 「主役になりたかったか?」 「いえいえ。政宗様に仕えるのが嫁の役割ですから」 おどけてみせれば、こじゅさんにしては珍しく、くっと吹き出すのを耐えるような音が口から漏れる。 数秒肩を小刻みに震わせているこじゅさんを眺めつつ私も笑いを溢し、ちらと鏡を見やった。 映っているのは、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ、いつもより何割か増しに見える自分の姿だ。ふっと笑みを消し、鏡の中の自分を見据える。 沈黙に気が付いたこじゅさんと、鏡越しに目が合った。 「安心しろ、綺麗だ」 「ありがとうございます。でも、それ政宗さんより先に言っちゃだめですよ、こじゅさん」 「政宗様にも見せたんじゃないのか?」 「予想通り『馬子にも衣装だな』と仰ってました」 振り向いて拗ねた顔を作ってみせれば、こじゅさんは溜息を吐く。後で叱っておいてくれると嬉しいなあ、なんて。 「そろそろ時間だな」 「ですねえ」 「……春佳」 音もなく首を傾げる。 歯切れの悪そうに言葉を探す頭上の人はやっぱり、これ以上なく優しくて、頼りになる、私の友だちだった。こじゅさんを友だちと称するのは、若干の勇気がいったが。 きっとこの人は、本心から私を心配してくれている。 これで良かったのか、本当はもっと良い道があったんじゃないか、そう思いはするけれど、私の為にそれを口にしない。 それを理解出来て、すんなりと受け止められるのは、誰のおかげなのか。自問して、自答する。 政宗さんと、こじゅさん。この二人のおかげだと。 「これからきっと、毎日楽しいです。政宗さんとくだらない話をして、こじゅさんと畑いじりして、私は多分、安心していっぱい笑えます。今日はそのスタートラインです、笑顔でいきましょ、小十郎さん」 「……そうだな。では、お供いたします、奥方殿」 表情は真剣そのものなのに、茶目っ気たっぷりな言葉。思わず吹き出せば「はしたないですぞ」とやんわり叱られてしまった。 うわあ、うわ、臣下然としたこじゅさんには慣れてるけど、自分に対してそう接されるとものすごく恥ずかしい。 普段通りでお願いします……と赤くなった顔で声を絞り出せば、また、こじゅさんが吹き出すのを耐える音が聞こえた。 * 「もう春佳、そういうことになってたのなら前もって教えてくれればいいのに!」 披露宴の席で母さんにぷりぷりと怒られる。それを受け流しながら、当然と言えば当然に、やっぱり居る幸村さんと姉さん、そして佐助へと視線を向けた。 私の隣には政宗さん、背後にはこじゅさんが立っている。 なにも、怖いものはない。 「まさか春佳がねえ……。伊達さんと会ったの、あたしと幸くんの結婚式ででしょ?幸くんに感謝しなさいよ〜?あたしにも!」 「うん、感謝してる。姉さんと幸義兄さんのおかげで、会えたから」 誰に、とは言わないでおく。 「政宗殿」 「Ah?」 「……春佳は絢佳の妹であり、某の妹。政宗殿と結婚されようと、それは変わりませぬ。努々、忘れぬようお願いいたす」 「だが、俺の嫁でもある。お前もそれを忘れんなよ?」 ゴホンッ、と同時に咳払いで二人を諫めたのは、背後のこじゅさん、正面の佐助。 それを受けて政宗さんも幸村さんも火花を散らすのをやめ、「心配すんな」と政宗さんが私の肩を抱いた。この人もなかなかにスキンシップが多い。 「大事にしねえなら端から娶ってねえ」 「まあその大事の定義は人それぞれなわけですが……」 「何か言ったか?春佳」 「いえなにも」 にっこり、あからさまな作り笑いを向ける。 幸村さんの求める大事と、政宗さんが私にくれる大事は、多分違うだろうなあと考えながら。それでも私が欲しいのは政宗さんが私にくれるだろう大事なのだから、問題はない。 とりあえず幸村さんも納得はしたらしく「春佳の幸せを願っておるぞ」と、あの日のように両の手を握ってくれた。温かな、兄が妹に与えるような温もり。 これが最後だと思えば、受け入れられる。 「大丈夫です、政宗さんと一緒ですから」 私が幸せになることはないけれど、不幸になることもない。政宗さんの元でなら、私は安心して一人でいられる。 だから、大丈夫。心配する事なんて何もない。 「佐助も、心配しないで、幸義兄さんたちのことだけ考えてあげてね」 にっこり、今度は心からの笑みを向けた。 ぴくりと反応した佐助が、力の抜けた笑みを返してくる。 「いい加減、俺様のことだけ考えさせて欲しいなあ。この中で結婚してないの、俺様と右目の旦那だけだよ?」 「俺は気にしていない」 「そろそろ気にした方がいい年だと思うけど!?」 「佐助もこじゅさんも、良い人と結婚出来たらいいですねえ」 「出たよ幸せ真っ盛りな人の上から目線!」 佐助も私も、本音を隠すのは得意だ。 相手が何を思っているかなんて、想像することしか出来ない。その想像は当たることもあるし、違う時もある。相手が本音を隠すのが上手だったら尚のこと、その想像は外れやすい。 でも、きっと今、私の想像は的を射ているだろうと思う。 そして佐助も、きっと、私の本音を当てている。 だけど私たちは、お互いその本音を口になんてしない。胸の内だけでも、考えることすら放棄する。 自分の中で整理も分別もし終えた気持ちを、誰かに勝手に悟られて、知ったふりをされるなんてことを、私たちは嫌うから。 ……ま、それも私の想像に過ぎないんだけど。 ← → 戻 |