一番最初に接点を持ったのは、俺と絢佳ちゃんだった。
ラーメン屋でバイトをしていた絢佳ちゃんと、そこに来店した俺。愛想も良くて普通に可愛くて、印象の良い子だった。きびきびと働いている様が格好良くも見えて、この子が接客用でない普通の笑顔を浮かべるところを見てみたいな、と思ったのを覚えている。

何度か足を運べば絢佳ちゃんも俺のことを覚えてくれたようで、今日は何々がオススメですよ、なんて店員と客同士でしかないものの、雑談もしてくれるようになった。
それから月日が経てば、友だちみたいに話すようにもなった。最近太っちゃったんだよねー、だとか。そんな風には全然見えなかったし、充分細くて綺麗だよ、と返せば嬉しそうに笑っていたから、わかりやすい子だなと思った。
それでも連絡先を交換しなかったのは、なんとなく、絢佳ちゃんがそれを求めていないと察することが出来たからだ。
俺は友だちとしての存在を望まれていて、これ以上は踏み込まないでね、と明確に線を引かれていた。だから絢佳ちゃんに子供がいることも、離婚歴があることも、知ることはなかった。

それでも子供以外の家族の話は時折してくれて、特に妹が話題にあがる事が多かった。

「春佳、っていうんだけどね。あんまあたしに似てなくて、いや顔立ちとか声とかは姉妹だけあって似てんだけど……中身?性格?ちょっと暗い感じなんだけど、最近母さんとも連絡とってないらしくてさー。生きてんのかな」
「無沙汰は無事の便り、って言うじゃん。妹ちゃん、大学生でしょ?いいねえ、人生の夏休み」
「ぶさたはぶじのたよりって初めて聞いた」
「絢佳ちゃんって結構バカだよね」
「はあ?ひっどい佐助」
「あは、ごっめーん」

話し方からして、絢佳ちゃんは随分とその春佳ちゃんを下に見ているんだな、とは感じていた。
俺としては絢佳ちゃんくらいのノリの子の方が話しやすいし、顔立ちが似てても大人しい子じゃあ仲良くはなれないだろうな、なんてそんな機会もないのに考えたりして。

他に話題があまり無いからか、それともこう見えて意外とシスコンなのか、絢佳ちゃんは本当に妹の話をよくしてくれた。
昔は泣き虫だったとか、お菓子作りが得意だとか、本を読むのが好きだとか、確信はないけど多分オタクだとか。
まさか妹ちゃんも、見ず知らずの俺にここまでプロフィールを知られているとは思いもしないだろう。ちょっぴり申し訳なくもあったけど、絢佳ちゃんと楽しく話せている時間はその時の俺には癒しの時間だったから、俺はにこにことその話を聞き続けた。

「春佳も早く結婚したらいいのに。父さんと母さんも安心するだろうし」
「最近じゃあ結婚しない子も多くない?」
「でもやっぱ、血の繋がった家族以外にも、ちゃんと頼れる人はいた方がいいでしょ。友だちじゃ病気やお葬式の面倒までは見れないじゃない」

絢佳ちゃんの言葉は少なからず意外だった。こう言っちゃ悪いけど、そこまで考えているような子には見えなかったからだ。
そうしてその時「春佳も」ってことは絢佳ちゃんは人妻なのかな、と考えて。引かれた線の理由に納得した。下手をすれば高校生でもいけそうな顔立ちなのに人妻かあ、とうっかり悪い顔をしてしまったことが、バレてないといいのだけど。


そうやって絢佳ちゃんとつかず離れずの距離で仲を深めていた頃、お館様が街で倒れ救急車で運ばれる事件が起きた。
目を離した隙に、なんて言い訳は上には通用しない。大慌てで救急車を追って病院に辿り着けば、お館様は点滴を打たれながらひらひらと手を振って俺を迎えた。
一気に力が抜けたところで、傍らの椅子に座る女性に気が付く。その女性こそ美野里さんで、すぐに知ることになるのだが、絢佳ちゃんのお母さんだった。

翌日、ありがたくも再び見舞いに来てくれた美野里さんを迎えれば、その背後に絢佳ちゃんもいてお互いびっくりとする。
けれど一番に驚いたのは、二、三度俺がラーメン屋へ連れてったことで絢佳ちゃんと顔見知りになっていた、真田の旦那だった。
もう店員として接する絢佳ちゃんに半ば惚れかけていた旦那は、そこでもう完全に絢佳ちゃんに運命的なものを感じてしまったんだろう。今まで女と見れば脱兎の如く逃げ出していた旦那が、真っ赤な顔でちらちら絢佳ちゃんを見やる姿を見てしまえば――ま、俺も手助けしてやるか、となるわけで。


後はもう、春佳ちゃんに話した通りだ。
俺の手助けと、旦那の頑張りと、お館様の手回しのおかげで、めでたく絢佳ちゃんは旦那と気持ちを通わせ、結婚に至る。
俺と旦那と絢佳ちゃん、三人で遊びに出かけてから頃合いを見計らい二人っきりにさせてあげるとか。もうほとんど恋仲のようになってからは、二人が出かける時に子供の面倒を見てあげるとか。本当に、俺の手助けがなきゃ旦那もあそこまでは頑張れなかったんじゃないかと思う。

真田の旦那と絢佳ちゃんの気持ちが通った日なんかは、一人で祝杯をあげたくらいだ。俺様よくがんばったよ!お疲れさま!なーんて、一人寂しく、居酒屋のカウンター席で。

――俺は確かに、絢佳ちゃんに惹かれていた。
店員じゃない、そのままの絢佳ちゃんが俺に向けてくれた笑顔。心からの笑顔も、打算的な笑みも、穏やかな微笑みも、全部綺麗で可愛くて、あれが俺だけのものになったらなあ、なんて思ったのも一回や二回じゃない。
絢佳ちゃんも、俺のことを憎からず想ってくれていたと思う。確かめたことはないけれど、ほとんど確信していた。
でも、絢佳ちゃんが己の夫に選んだのは真田の旦那だったし、俺も真田の旦那と絢佳ちゃんとなら一瞬も悩まず旦那を優先させてたから、そういうことだ。確かめるまでもない。


春佳ちゃんについて自分から調べ始めたのは、真田の旦那が絢佳ちゃんに惹かれている、と解ったその日からだった。
正確に言うなら、上月家の人間は全て調べていた。中でも気にかかったのが、春佳ちゃんだったってだけの話だ。
大学生活を知る限りでは、絢佳ちゃんの言う「暗い感じ」とはあまり思えず、むしろ十二分に大学生活を謳歌しているように思えた。バイトをし、友だちと遊び、些かサボり気味ではあるものの単位も取得している。順調に、楽しい大学生活を送っているようにしか見えなかった。
ツイッターのアカウントまで特定してみれば、確かに絢佳ちゃんの予想通りオタクらしいことは解ったけれど、それでもやっぱり楽しそうだったし、絢佳ちゃんから聞いていた印象とはあまり合致しない。

そこで、興味が湧いた。
特に、戦国バサラなんていう俺としてもすご〜く気になるゲームの名前を挙げて『真田主従最高すぎる』なんて嬉しいこと言っちゃってくれてたのだから、尚更。

数年越しに出会ってみれば、春佳ちゃんは俺の予想通り、とても興味深い子だった。
顔立ちや声は絢佳ちゃんと似ているけれど、髪型も化粧の仕方も、話し方も全然違う。
確かに会ってみれば、なるほど絢佳ちゃんと比べれば大人しい方だと思えたけれど、実際は大して差はなかった。口の悪さに関して言えば、春佳ちゃんの方が上なくらいだ。

そうやって、ずっと俺は、絢佳ちゃんと春佳ちゃんの違いや似ているところばかりを、探し続けた。
好きな食べ物は違う。嫌いな食べ物も違う。服の趣味、化粧の仕方、全然違う。得意料理も違う。けれど好きなケーキは同じ。笑い声が似ている。声をあげて笑っている時の顔なんてもう、そっくり。でも、機嫌が悪いときの表情は似ていない。
春佳ちゃんは脇腹が弱いけれど、絢佳ちゃんはどこが弱いかなんて、俺は知らない。本当に美味しい物を食べたときに春佳ちゃんはとても幸せそうな顔をするけれど、絢佳ちゃんがどんな顔をするのかは知らない。

気付けば、絢佳ちゃんより春佳ちゃんについての方が、いっぱい知っていた。
笑った顔も怒った顔も、嫌そうな顔も、仕方ないなあって俺を許してくれる時の顔も、胸の内に溜まった澱を、無理に飲み下そうとしている時の顔も。
好きな子、を思い浮かべてみれば、脳内に広がるのは春佳ちゃんの顔ばかりだ。掌に蘇るのは、春佳ちゃんの体温だけだ。

この子が欲しい、そう思った。
俺だけのものになったらなあ、じゃない。俺だけのものにしたい。誰にもあげたくない、触らせたくない。俺だけの傍で、俺だけのために笑って怒って泣いて、そうして全部、仕方ないなあって、呆れたような顔で許してほしかった。
俺が春佳ちゃんの傍にいることを、心から許してほしかった。


始まりは、絢佳ちゃんの代わりだったのかもしれない。絢佳ちゃんは真田の旦那のものになっちゃったから、ちょっと欲しかったけど、仕方ない。
でも春佳ちゃんは誰のものでもないから、真田の旦那のものにもなんないから、じゃあ俺が貰ってもいいよね、って。そんな、馬鹿げた思考からだったかもしれない。
……しれない、じゃない。代替品だったんだ。俺は春佳ちゃんを、絢佳ちゃんの代わりにしていた。

でも、数ヶ月を一緒に過ごせば、絢佳ちゃんと春佳ちゃんが違うことくらい誰にだって解る。
姉妹だからって、どこもかしこも似ているわけじゃない。双子ですら差異はあるのに、ただの姉妹が完璧に似通っていたらいっそ恐ろしい。
俺は春佳ちゃんの良いところやちょっぴり嫌なところも全部見て、その上で、春佳ちゃんが欲しいと思った。春佳ちゃんだけを心から愛して、春佳ちゃんからも好きになってもらえたらいいな、もらいたいなあ。……そう、考えていたんだ。


なんて思い返してみたところで、もう、意味なんてないんだけどさ。


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