地元にこんな店あったのか、と佐助さんに連れられるまま入った小洒落てる店に感心する。なかなかやるじゃないか、地元よ。
個室のある喫茶店、と言えば分かり易いようなその店は、落ち着いた雰囲気で、どうやらこの時間帯は営業時間外らしく店内には店員さんしかいなかった。営業時間外なのに入店できる猿飛さんさすがやで……猿飛さんっていうか多分真田家の力なんだろうけど……。

一番奥の個室に案内されて、メニューを渡される。晩ご飯前なのとついさっきカフェオレを飲んだばっかりだったので、私はアイスティーだけを注文した。佐助さんはチョコレートソースのかかったワッフルと、コーヒーを注文する。
恭しい態度で下がっていった店員さん、可愛かったな……とドアの向こうに見える背を見送りながら、店内BGMだけが響く空気に喉の辺りが絞まった。あーあー帰りたーい。

「そんな緊張しなくても、とって喰われる訳じゃあるまいに」
「……まだ喰われた方がマシですわ……」

喉の締めつけが無くなりはしないかと考えつつ、肺の奥深くから息を吐き出す。
ぞんざいな私の返答に佐助さんは少しだけ目を丸くして、あははと笑った。その元気を分けて欲しい。

「ん、で。何から訊きたい?俺様に答えられる事ならなーんでも、答えるよ」

テーブルに頬杖をつく佐助さん。何だそのぶりっこポーズ。あざとい。

暫し悩んで、頭の中で訊くべき……というか訊きたい事を整理した。
まず、一。何で幸村と姉さんが結婚する事になったのか。
二。佐助達の存在について。
とりあえずはこの二つだろう。それ以外にも訊きたいことは山のようにあるが、そこら辺は後々にでも訊く機会がありそうだ。
一つめはともかくとして二つめに関しては、この機会を逃せばもう一生、私が問いかけられる機会は無い気がする。

「まず……えっと、姉さんが結婚する幸村…さん、って、私の考えてる真田幸村さんで合ってますか」
「……春佳ちゃんの考えてる真田の旦那がどんなのかは知らないけど、まあ合ってるんじゃない?」
「まあ……ですよねー」

この答えてるようで答えてない感じ、佐助っぽい。
私の「ですよねー」をどういう風にとったのかは分からないけど、佐助さんはにこにこと私の顔を見つめていた。こんな顔見たところで楽しくもなかろうに。

「何で姉さんとその幸村さんが結婚することに?つーかよくバツイチ子持ちと結婚するの許されましたね」
「それはね〜……話すと地味ぃに長くなるんだけど」

はたと、佐助さんが口を噤む。佐助さんの視線を辿れば、ノック音の後、個室のドアがゆっくりと開かれた。
美味しそうなワッフルと、コーヒーに、アイスティー。店員さんが笑顔でそれらをテーブルに置き、佐助さんと一言二言交わしてから、会釈をしてまた個室を出て行った。
……うん、やっぱりあの店員さん、可愛い。確信。

「最初に会ったのはね、お館様と美野里さんなんだよ」
「母さんと……武田さんが?」
「……うん、そう」

なんとなく意味深な笑みを向けられて、しまった、と思う。いや別にしまった事は言ってないんだけど、感覚的にそんな気持ちだった。
お館様が武田信玄をさす事を、私は知り得ないはずではないんだろうか。普通に、何も知らずに生きている、平々凡々な上月家の娘であったなら。
先のやりとりは私と佐助さん双方に何らかの確信を抱かせるもので、でも互いにそれには触れず、話は続いた。


――お館様と美野里さんが会ったのは、三年前の……九月だったかな。
お館様、その頃あんま体調が優れてなくてね。俺様もついて出掛けてたんだけど、ほらあの人すっごい元気じゃん?んで優しいじゃん。俺様が気付かない内に、迷子の親探ししてたみたいで。
その子の親は見つかったんだけど、三年前の九月ってすごい猛暑……あ、残暑?で気温も高かったからさ。倒れちゃったの、お館様。まったくあの人は……。
ん、で。そこでお館様を助けてくれたのが、春佳ちゃんのお母さんの美野里さん。的確な処置のあと救急車呼んでくれてね。お陰でお館様もすぐに復帰。
武田と、お館様に世話になってる真田には、美野里さんに大きすぎる恩が出来た。美野里さんの処置が無かったら、危なかったかもしんないって言われたしね。

美野里さん、お館様が入院している間、お見舞いにも来てくれたんだよ。
そん時に、同じくお見舞いに来てた真田の旦那と、美野里さんについて来てた絢佳ちゃんが出会った。
驚いたことに二人は初対面じゃなくて、まあ簡潔に言えば絢佳ちゃんが店員、旦那が客の間柄で顔見知りではあったんだよね。ほら、絢佳ちゃん接客業じゃん?互いに顔覚えてたみたいで。びっくりしてたなあ。

そこからなんやかんやで意気投合……だったら良かったんだけど。旦那が絢佳ちゃんに一目惚れしちゃっててさ。でも真田はそれなりに名のある家だし、絢佳ちゃんは離婚したばっかで子供もいる。どう考えても無謀な恋じゃない?
まず、旦那って絢佳ちゃんの好みじゃなかったみたいだしね。
でも、旦那は珍しく頑張ってアピールを続けて。絢佳ちゃんの子供達も旦那に懐いてて。絢佳ちゃんも旦那となら幸せになれる、裏切られることも無いんじゃないかって思い始めたみたいでさ。
真田の家に関しては、お館様がだいぶ手を回してくれたんだよ。旦那も全員の前で大見得切ったりして。漸く今年、結婚出来ることになった、ってわけ。

……と、まあ。二人のなれそめはこんな感じなんだけど。他になんか訊きたいことある?


「……とりあえず頭が痛いです」
「薬ならあるけど」
「遠慮します」


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