政宗さんと結婚する、なんて突拍子もない案は、確かに一考の余地くらいはあった。
真田家と伊達家の繋がりというか確執というかは、一般人でもニュースを見てりゃ少しくらい理解出来る。ライバル会社みたいなもんだ。
私が伊達家に入れば、真田家の人間である佐助も、容易に手は出せなくなる。個人の問題でなく、会社同士の問題に発展しかねないからだ。それが伊達政宗の嫁ともなれば、尚更。

問題点を挙げるなら、私も政宗さんも恋愛感情で互いを見ていないこと、私が金持ちの嫁になるのはちょっと面倒だと思ってること、あと上月の家がなんかえらいことになるんちゃうかと何故か関西弁で考えてしまうこと。その三つくらいだろう。
姉は真田家次期当主の嫁、妹は伊達家次期当主の嫁、って。一般家庭なはずの上月家に一体何が起きたんだ。

「俺はな、春佳。アンタと居るのが楽だ。余計なモンを欲しがらねえ、見なくていいモンは見ねえ、要らぬ詮索もしねえ、小十郎とも気が合う。俺ともな」
「そういう女に限って、結婚して贅沢を覚えたら手がつけらんなくなるもんですよ」
「春佳はそうじゃねえと解っているから、小十郎は家じゃなくお前の心配をしたんだろ」
「……」

こじゅさんへと目を向ければ、小さく頷かれた。
買いかぶりすぎだと思うんだけれど、事実そう言われてしまえば、万一政宗さんの嫁になっても贅沢三昧をすることは無いだろう。こじゅさんの信頼を裏切りたくはない。

「Relationships are all about give and take. 俺は春佳を猿から隠してやる。その代わり、春佳は伊達家の跡継ぎを産む。簡単な事じゃねえか」
「何ですかその英語」
「リレーションシップの全ては、相手に何かを与えたり相手から何かを貰ったりするところにある。格言だ。春佳お前、本当に大学卒か?」
「フリーターやってる時点で察していただけると幸甚に存じますね!」

なんてやりとりをしてから、ていうかちょっと待ってくださいよ、と政宗さんの言葉を振り返る。私の英語能力に関しては忘れて欲しい。

「跡継ぎを産むって、私の方が重くないですか」
「あの猿から隠してやるんだ、妥当だろ」

妥当……なのだろうか。
いやしかし、今の私は真田家の縁者なわけで。幸村さんの付き人だか何だかみたいなポジションだとしても、真田家の中でも恐らく上の方にいる佐助の、幸村さん曰くお気に入りである私を、嫁にとった上で更に佐助から見つからないようにする。というのは……政宗さんにとってもそれなりに面倒なことなのかもしれない。
ギブアンドテイク、か。確かに、これ以上の良案は浮かばない気もする。

「でも政宗さん、やっぱり最大の問題がありますよ」
「抱けりゃいいじゃねえか。春佳だって問題ねえだろ」
「政宗さんもしかしなくても女口説くの下手ですよね!?」

「政宗様!」とこじゅさんが政宗さんを窘める。
抱ける抱けないと好き嫌いは別問題だ。抱ける女だからって生活を共に出来るわけじゃないだろう。一緒にいて楽とはいえ、時々会うだけの存在と、毎日家にいる存在じゃまったくの別物だ。
私はバツをつけたくはない。そんな姉妹でおそろは嫌すぎる。

「というか、あの……気を悪くさせたらやだなあと思って言わなかったんですけど、私も今地味に気ぃ悪いんで言いますよ。政宗さん、もし佐助への当てつけで私と結婚とかほざいてんなら、やめた方がいいです。……そりゃ、代替品でもいきなり盗られたら佐助も腹が立つだろうけど……結局それだって、誰も救われないし。長続きする気がしない」

恐る恐る、ぼそぼそと呟く。もうそれなりに慣れたといっても、こじゅさんの前で政宗さんを悪く言うのは気乗りしない。政宗さんのことも、それなりに親しい友だちだと勝手に思っている。機嫌を損ねるのは嫌だ。
俺たちがいると、頼りにしていいと伝えてくれたあの思いを、無かったことにはしたくない。

けれど、政宗さんやこじゅさんが気にかかったのは本題の方ではなかったようで。

「代替品、とは、どういう意味だ」
「――私、そんなこと言いました?」

こじゅさんが一歩、歩み寄る。詰め寄る、と言った方が表現としては近しいかもしれない。
後半はほとんど無意識の、独り言のようなものだった。そんなこと言っただろうかと考えたが、言ったような気も、言ってないような気もする。
でもこの場でいきなり、こじゅさんの口から「代替品」なんて出てくるのもおかしいから、やっぱり私はそれを口にしてしまっていたんだろう。また、失態だ。

「……春佳、あの日、政宗様が仰っただろう。政宗様と、俺がいると。お前が俺たちでは頼りにならないと判断したのならそれでいい。だが、そうでないのなら、話せ。お前に何があって、何を考えて、猿飛と離れてえだなんて言い出したのか」
「小十郎の言う通りだ。春佳がぶちまけた事を、俺らが蔑ろにしたり、笑い飛ばしたりするように見えるか?」

「結婚どうこうは今は忘れろ。頼れ。此処にいるのはお前の友人だ」だなんて。
ぼうっと並べられた音を聞いていた私は、暫く悩んでからその言葉を受け止め、顔を俯かせる。

政宗さんは結婚だなんだの話をしていた時より、友だちとして話している今の方が、よっぽど口説くのが上手みたいだ。


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