「佐助にバレずに引っ越すって、やっぱさすがに無理ですかねえ」

十一月の末、久しぶりにこじゅさんの畑を手伝いにきた私は、休憩中にふとそんなことを問いかけた。
こじゅさんも政宗さんも瞠目の表情をした後、険しい顔で「何かあったのか」と詰問してくる。問いかけたのは私なのに、問いかけで返されてしまった。

何かあったのか、と問われれば、あったとも言えるし無かったとも言える。
けれどさすがにこの二人相手とはいえ、私の心情を忌憚なく吐露する気にはなれなかったので適当に濁し、ただ離れたいと思っただけですよ、と答えた。

「佐助も多分、その方が良いと思うんで」

私が佐助を好きだと自覚しようが、佐助にとっての私は代替品に変わりない。
化粧や髪型で雰囲気に差異を出しているけれど、実のところ、私と姉はそれなりに似た顔立ちをしているのだ。姉妹だからある意味当然とも言えるが。言ってみれば私は、劣化版絢佳〜大人しくしてみましたバージョン〜なわけで、本物には劣るが代替品としては妥当だと思う。

それがいつまでも佐助の傍にいるのは、私にとっても、佐助にとっても、良いこととは言えなかった。
私はいつまでも私自身を見てもらえず、佐助はいつまでも姉への思いを断ち切れない。
このままずっと一緒にいても、救いなんてない、メリーバッドエンドだ。私にとってはただのバッドエンド。
そんな終わりを迎えるくらいなら、私はどんなに生きづらくなったとしても、あの空気から離れて違う空気の中で生きたい。

私だっていい大人だ。幼い頃から抱き続けた自分の願望くらい、理解も自覚もしている。
自分がどうしたいのか、どうされたいのか、どう見られて、どう想われたいのか。そんな私の願望を、佐助が叶えてくれることはないんだ。
だから私は、今の世界を捨ててしまいたい。私だけがいて、自分で自分を守るだけで良かった世界の中に、帰りたい。

「で、やっぱ無理ですかね」
「……難しいんじゃねえか。猿は鼻が利くからな」
「猿って別に、嗅覚が鋭い生き物でもないのに……」

ちぇ、と舌打ちをひとつ。
こじゅさんの入れてくれたお茶を飲みながら、さてじゃあどうしたもんか、とまた考え始める。

一番確実なのは、「佐助、戻ってこい」だなんて幸村さんに言ってもらうことだろう。でもどちらかと言えば佐助寄りらしい幸村さんが、私の頼みでそれを言ってくれるかと考えると……微妙なとこだ。
それに、もしかしたら幸村さんは、佐助に戻ってきてほしくないとちょっとだけ思ってるかもしれない。私の勝手な想像だし、出来ればそうであって欲しくないけど。
となると、友だちの家やホテルを転々としつつ、家の家具類は諦めて失踪コースだろうか。……いや、却下だ。バイト先に迷惑はかけたくない。ていうか佐助の為だけに私の人生を棒に振りたくない。

どん詰まりだ。やっぱり諦めて今のままでいるしかないのか。
重苦しい溜息を吐き出した瞬間、パチンッと小気味良い音がした。政宗さんが指を鳴らした音のようだ。

「春佳、猿と離れてえなら良い案があるぜ」
「なんか嫌な予感しかしないぜ」

投げやりに返答する。
「Don't worry! There's nothing to it」と告げられた英語の意味は"心配するな"しか理解出来なかったが、それほどに自信があるのなら聞いてやろう、とやや前のめりに耳を傾ける。
政宗さんはにんまりとあくどい笑みを浮かべ、立てた親指で自身を指した。

「俺と結婚すりゃあいい」

手にしていた湯呑みを思わず取り落としたのは、こじゅさんだった。


 *


「俺もまあ所謂金持ちって奴だからな、上は早く結婚しろだの跡継ぎを作れだのうるせーんだ。しかもあの真田幸村に先を越されたとなりゃあ、やれ見合いだどこそこの令嬢と顔合わせだと、面倒臭えのなんの」
「そういや政宗さんも良いとこの坊ちゃんでしたもんね」

何か言うのかと思ったが、こじゅさんは溢したお茶を拭くために一旦席を立った。鬼の居ぬ間になんとやら、政宗さんはあんな突拍子もないことを言い出した理由を語り始める。
私は映画やドラマの登場人物の悩みかよと心の中でツッコみながら、初対面時に受け取った名刺を思い出していた。

「だが、そんな金やらツラやらお家柄やらが目当ての女と結婚したいとは思わねえ。お家の為に政略結婚させられる悲劇のHeroineを絆すのも面倒臭え。まずお家の為に、っていつの時代だよ。戦国時代で卒業しろンなモン」
「私に愚痴られても」
「つまり、だ。俺たちは利害が一致する。猿から離れたい春佳。結婚しろと急かされるが相手のいない俺」
「相手のいない俺って言ってて悲しくありません?」
「真面目な話してんだぞこっちは」

申し訳程度に頭を下げておく。

布巾片手に戻ってきたこじゅさんが、机を拭きながら「本気ですか」と政宗さんへ視線を向けた。
政宗さんは置いといて、こじゅさん的には私と政宗さんの結婚は微妙なとこだろう。政宗さんが「いつの時代だよ」と吐き捨てたお家の為に精神を、地でいくような人だ。家よりは政宗さんの方が優先順位は上かもしれないけど、世間体だってあるだろうし。
と、思っていたのだが。

「政宗様の妻となることが、春佳にとってどれだけ重荷かを理解していないわけではありますまい。時代は移り変わったとは言え、財産と責務を持つ家に入った女が多かれ少なかれ苦労をするのは、世の常でしょう」

感激で言葉が出なかったのだけど、どうやらこじゅさんは世間体やら何やらの心配ではなく、私の心配をしてくれていたらしい。
うわあこじゅさん、私こじゅさんと結婚する、そんな戯言を脳内で呟きながら感謝感激雨嵐な視線をこじゅさんに向ける。そんなツラしてる場合じゃねえだろといった視線を向けられた。
うん、そういえばこれ、どうやら真面目な話でした。

「ンなモン、俺が守ってやりゃいい話だ。春佳はただ俺の元にいるだけでいい」
「いや、いやいや政宗さんがイケメンなのは解りましたけど、何でもう結婚する方向で話進んでんです?ていうか政宗さん私のこと好きだったの?」
「……抱けるか否かで言えば……抱ける方だな」
「そんなことは訊いてませんけど!?」

私が声をあげたのと、こじゅさんが政宗さんの頭をはたいたのは、ほとんど同時だった。


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