幸村さんは、佐助は心から私を大切にしていると言った。直接そう言ったわけではないが、佐助は私を好いていると受け取れるような発言もした。
私よりもよっぽど、幸村さんの方が佐助のことを知り尽くしている。私の決めた事実よりも、彼の憶測の方が正しいのかもしれない。

そう考えてみたところで私の中の事実は変わらないし、本人に確かめるような度胸も無いのだけど。


 *


休みはあっという間に終わり、佐助の車で私は自分の家へと帰ってきた。
一旦別れた佐助に後で文句を言われないよう、てきぱきと荷物を片付けていく。そうして、最後にキャリーに残った紙袋をじっと見つめた。

あの日、ショッピングモールでどうしても私に何かを買い与えたがってた幸村さんと、せっかくなんだから貢いでもらえばいいじゃんと呆れ笑っていた姉に、押し切られる形でとりあえず買ってもらった物。
そんなに高くはない、雑貨屋で売られていた夕焼け色のスノードームだ。澄んだ液体の中を、赤や橙、紫のラメが舞い、木々と動物の装飾に降り注ぐ。

私はそれを、紙袋から出さないまま、引き出しの奥底にしまい込んだ。
いつか、取り出せる日が来るかもしれない。いつかそれを眺めながら、甘酸っぱい気持ちになれる日が来るかもしれない。……そんな日は来ないとわかっていながら、私は音も立てず引き出しを閉める。
それとほとんど同時に、インターフォンが鳴った。キャリーを定位置に戻してから扉を開ければ、いつも通りの景色が広がる。

「この休みで少し疲れたし、今日は外に食べに行かない?」
「賛成。オムライス食べたいなーってずっと思ってたんだよね」
「春佳ちゃん、ショッピングモール行った時、ずっと眺めてたもんね」
「バレてた?」
「当然」

何も変わらない、たった数ヶ月で私の日常となってしまった時間。
佐助と並んでエレベーターに乗るのも、車の助手席に座るのも、佐助にシートベルトまでしめてもらうような要らないサービスを受けるのも、二人でどこかに出かけるのも。
全部慣れて、日常にしてしまったのが、私の間違いだ。


車で十分程走り、目的の美味しいオムライス屋さんで数日ぶりにのんびりとした夕食。
何でもないような雑談を時折交わしながら食事をする私と佐助は、傍目にはどう映って見えるのだろう。兄妹か、先輩後輩か、……恋人か。……出会い厨に見られている可能性も、無くはないのか。それは嫌だな。

元より話が合うわけでもない私と佐助の会話は、これといった盛り上がりを見せず、途切れることもままある。
それでも雰囲気が悪くならないのは、佐助のおかげで。
本当に、良い意味で空気みたいな存在だ。私は多分、この空気を失ってしまったら、今以上に生きづらくなるだろう。そう思いながら、いつだったかの自問に、自答する。

私は、佐助のことが好きなんだろうか。
――答えは、イエスだ。

始まりが代替品だったとしても、幸村と佐助じゃ外見も雰囲気も性格も、全然違う。いつまでも代替品扱いは出来ない。
幸村さんの代わりとしてではなく、共に過ごした結果の、好意だ。きっとそれは『絆された』とか『流された』と言うのが正しい感情なんだろうけど、それでも私は、佐助が好きだ、と心から思う。
その『好き』が、恋愛的なものなのかと訊かれたら、それはまだ解らないけれど。

「春佳ちゃん、スプーン止まってるよ」
「……考え事してた」

珍しいね、と正面の佐助は穏やかに笑う。
その笑みを見て、胸が高鳴ったり、きゅうんと切なくなったりは、しない。

「ねえ、佐助」
「何?」

こてんと首を傾げる様は、可愛いなあと思わなくはないが、どちらかと言えば『二十八の男がする仕草じゃないだろ』といった気持ちの方が勝る。
どこを触れられようが恥ずかしくもないし、度の過ぎたセクハラをされれば普通に気持ち悪ッと思う。

「――美味しいね、オムライス」
「俺様が作ったのと、どっちが美味しい?」
「ううーん……ギリこっち」
「えぇえ……」

思い返してみて、本当に私はこいつのこと好きなのか?と我ながら疑問を抱いたけれど、「春佳ちゃん酷くない!?」とぷりぷり怒ってみせる佐助に自分でも驚くほど穏やかな笑みが漏れてしまったので、多分そういうことなんだろう。


それを自覚したところで、意味なんてまったく無いけどね。


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