ファッションフロアにて。 姉さん御用達のお店で姉さんが佐助に「これとこれだったらどっちが合うかな?」なんて問いかけているのを、店の外で子供たちと戯れながら横目に眺める。 私の隣、柱にもたれるようにしてお疲れ気味の溜息を吐くのは、既に二つの紙袋を抱えた幸村さんだ。 「こういう場では、佐助がいてくれて良かったと心底から思う」 「幸義兄さん、女のファッションとかあまり知らなそうですもんね」 「うむ……今絢佳が持っているものも、どちらも似合うだろうとしか言えぬな」 「それ惚気です?」 店内では「うーん、絢佳ちゃんにはこっちの方が似合うかな。可愛い顔がよく映えると思うよ」なんて歯の浮くような台詞を佐助が吐いている。 姉さんも満更じゃないようで「佐助がそう言うならこっちにしようかな」と顔を綻ばせていた。 無意識に、目を背ける。 「姉さんと佐助さん、仲良いんですね」 「春佳もやはり、そう思うか」 「ええまあ、多分誰が見ても」 スマホのゲームに夢中になっている子供たちに時折意識を向けながら、存外普通に話せるものだ、と我ながら感心した。 幸村さんも、普段は一歩引いて会話にさほど混ざらない私が話しかけてくるのが嬉しいのか、自然体で話してくれている。それを嬉しいと感じられるほど、自分がお気楽じゃないのが残念だ。 「俺も――最初は、絢佳は佐助を好いているのだろうと、思うていた」 「……今は姉さんに愛されていると、自信が?」 「でなければ、結婚など申し込めておらぬ」 「それもそうか……ですか」 幸村さんが冗談めかすように笑うので、つい、素で対応してしまった。とってつけたような敬語に吹き出す幸村さんに、私も恥ずかしそうに笑ってみせる。いやすみません、敬語は得意なつもりなんですけど、なんて。 それでも敬語じゃなくていいんだぞとか言わない幸村さんは、多分、私が思っていた以上に頭の良い人なんだろう。 もしかしたら、私が引いている線にも、厳重に頑丈につけた鍵の数にも、姉さんや佐助の本心にも、気付いているのかもしれない。……さすがに、買いかぶりすぎかな。 「春佳は、どうだ」 不意に落ちてきた声は、とても真剣なもので。 「なにが……ですか?」 「佐助と共に過ごして、もう三〜四ヶ月、というとこか。彼奴に大切にされているという自信を春佳は持てておるのか、気になってな」 数秒、沈黙する。 子供たちはゲームに集中していて、こっちの会話など耳に入ってもいない。きゃあきゃあと、ともすれば喧嘩にもとれるような明るい声だけが私の鼓膜を揺らした。 視線をあげれば、幸村さんは真剣過ぎる表情で、私を見下ろしている。すぐに、不審に思われない程度の早さで目を逸らした。 言葉を探し続ける私に、返答は見込めないと悟ったのだろう。次いだ言葉は優しい声音で、幸村さんの視線は店内へと向けられた。 「俺の想像でしかないが、佐助は春佳をいたく気に入っているようだ。でなければ彼奴が、お館様の言葉もあったとはいえ、真田から離れるはずがない。何やかやと正論で美野里殿とお館様を説得し、この場に留まっただろう。……元よりあれは、ほとんど冗句のようなものであったしな」 「でしょうね」 だんまりで聞いていたが、最後の一言だけは同意せざるを得なかった。以前にも思ったが、あんなのはその場の思いつきでしかない発言だ。拘束力なんて欠片も無く、佐助がそれに従う道理も無い。 だからこそあの日、私はあれほど驚いたんだ。 「それが異様な早さで仕事をまとめ、引継ぎ、あっさりと俺ではなく春佳を主にした」 「……あの、幸村さん」 「幸義兄さん、と呼んでくれるのではなかったか?」 思わぬ速度で反応され、ぐう、と言葉に詰まる。今のは失態だった。 「……幸義兄さん。もしかしてですけど、佐助さんが自分のとこから離れていったの……結構ショックだったりします?」 恐る恐る、彼の人を見上げる。 言葉の端にちくりちくりと滲ませていた、嫉妬のような、私にはよくわからない感情。直接私に向けているわけではなく、恐らく佐助へ向けた憤りのような、何かなんだろうけれど、そんな様を私に見せたのが意外だった。 真田幸村がそんなことをするとは思ってもいなかったし、幸村さんは私の前で、理想の義兄たろうとしているように見えたから。 見上げた先の表情は、むっすりと、拗ねているように見えた。 「三つしか違わぬが、あれは俺が産まれた時から俺に仕えていたのだ。あっさりと捨てられれば、憤りも湧くだろう」 「……捨てては、いないと思いますけど」 「解っておる。が、似たようなものだ」 一拍を置き、険しくなっていた表情が消える。 「佐助は恐らく、俺が死ねと言えば死ぬし、此方に戻ってこいと言えば戻ってくるだろう。一度主と定めた者にのみ従う、彼奴らはそういうものだ。それでも彼奴らにだって感情はある。好いた者の傍に居たいと願う気持ちは、俺とて解る」 「つまり、何が言いたいんですか」 「……すまぬな、妹とはいえ女子と話すのは、あまり得意ではないのだ」 視界の隅では、姉さんと佐助がレジに向かっている。一通り試着をしてみて、内何着かを購入することに決めたようだ。 財布を開く姉さんの隣で、ちらと一瞬、佐助の視線がこちらへ投げられた。 「佐助は、春佳を随分と気に入り、心底、大切にしておるのだろう。それが全く解らぬほど、そなたの頭は悪くはないはずだ。絢佳と違ってな」 「、……――あなた本当に、幸村さんですか」 「幸義兄さん、だ。絢佳の夫で、春佳の兄の」 「……幸義兄さんが姉をそんな風に言うの、意外でした」 俺とて感情はある、どんなに好いた女子が相手でも、思うところはあるさと語りかけてきた幸村さんの表情は、存外に切なげで。 ああ、やっぱりこの人はきっと、とても、頭が良いんだ。そう感じた。 「想いに応えてやれとは言わぬ。だが、理解をしているのなら、いつか納得もしてやってはくれぬか。佐助はああ見えて、不器用なのだ。主に似てな」 果たしてそれはどっちの主に似たんだろうか。思いはしたが、問いかけるより先に姉さんと佐助が店を出てきたので、私は子供たちにゲームは終わりだと告げた。 腹を探り合うかのようなゲームをしていたのは、私と幸村さんの方だったのかもしれないな、なんて考える。そしてきっと、もう二度と、このゲームは再開しないだろう。 姉さんへと向けられる、真田幸村らしい幸村さんの笑顔を見て、確信した。 ← → 戻 |