なんだかんだと上月家も真田家も元気なもので、翌日には父と母、姉と幸村さんとその子供たち、私、佐助の合計八人で市内のショッピングモールへ出かけることになっていた。
姉さんたちは迎えに行った佐助の車で、私たちは父さんの運転する車でそれぞれ現地集合をし、ひとまず最初にお昼ご飯を食べよう、と一階の飲食店フロアへ向かう。
「おはよう、春佳ちゃん。よく眠れた?」なんていつも通りに話しかけてくる佐助には私も常通りの対応をし、子供たちと手を繋いで笑う幸村さんをぼんやり眺める。

「そういえば、お館――武田さんは、来ないんだね」
「そりゃ、あの人お忙しいから。出かけるって言ったらちょっと残念がってたけどね。春佳ちゃんともまた話したがってたよ」
「……特に話すようなことは無いと思うんだけど……」

子供たちは本当に幸村さんによく懐いていて、パパおんぶだの、パパ肩車だのときゃいきゃい騒いでいる。ようしと意気込む幸村さんを姉さんが窘めて、ああ、それはまさしく、明るく穏やかな家族の光景だった。
特に意味の無い雑談をしながら、私はその光景を、見つめ直す。先まで感じていた佐助の視線も、私につられるようにそこへと向けられていた。

姉の結婚式の時に感じていた息苦しさは、依然変わらず続いている。
私はきっと、この光景を心底から微笑ましく感じ、姉さんが幸せそうで、幸村さんも嬉しそうで、子供たちも楽しそうで良かった、なんて思いながら眺められることはないんだろう。別段、そうなりたいとも思わない。
だってそこにあるのは、私に関係の無い世界だ。関係無い世界をずっと眺めていられるほど、私の世界に余裕は無い。
多分、それでいいんだ。要らないものには目を背けて、関わりたくないのなら踵を返して。今までだって、そうしてきた。そうしてきた今までを、間違いだとは思わない。

「春佳ちゃん」

ぽす、と頭に掌が載る感触。
見上げた佐助は、普段のまま、何でもないような表情をしている。多分私も、同じ顔をしている。
視界の隅で姉さんがこちらを振り向こうとした瞬間、頭上の体温は離れていった。

「春佳、何か食べたいものある?」
「ううん、特には。姉さんたちの食べたいものでいいよ」
「だって。幸くん、海鮮丼食べたいって言ってたよね」

相も変わらず時折向けられる幸村さんからの気遣いの視線には、肩を竦めてみせながらも笑顔で応える。隣を歩く佐助が「春佳ちゃん猫被ってる〜」なんて小声で茶化しを入れてきたけれど、上手く反応が出来なかった。
はは、なんて苦笑とも空笑いともつかない、変な音。しまったと思い佐助を盗み見れば、妙に驚きの混じった表情で、こちらを見下ろしていた。
いつもなら悪態をつくか、適当に流すかしていたのに。そんな表情。

「……、」
「さすけ!ねーね!まぐろ!」

何か、取り繕わなきゃ、そう思って口を開いた瞬間、私と佐助の足に子供たちが飛びついてきた。
まぐろ!まぐろ!と興奮気味に指さす先、飲食店フロアの中央では、マグロの解体ショーが行われている。なんだかどっと力が抜けて「あー……すごいねえ」と呟いた。
いつの間にやら、子供を追ってきたらしい姉さんが佐助の隣に並び、子供の頭を軽く小突いている。

「佐助にーに、でしょ!」
「さすけにぃに!」
「いやあの、その呼ばれ方は俺様、結構恥ずかしいなあ……」
「いい加減慣れてよ、佐助にーにー?」

くすくす、姉さんは悪戯っぽく笑いながら佐助の顔を覗き込む。
姉の反対隣に並んだ幸村さんまで「春佳がねーねならば、佐助はにーにも同然だろう」だなんて笑ってみせるもんだから、佐助はほとほと困ったらしく私へ助け船を求める視線を寄越してきた。と同時に、姉からも視線を受ける。
私が何を言うか、佐助はきっと予想出来たんだろう。諦めたように肩を竦めた。

「二人にとっては、楽しく遊んでくれるにーにだもんねー?」
「うん!さすけにーに、パパより肩車高いんだよ!」
「おやつもね、おいしいのくれるんだよ!」

肩車のくだりでは幸村さんが、おやつのくだりでは姉さんが、複雑そうな表情を苦笑している佐助に向ける。
それを胸の内で面白く思える程度には余裕があって、「姉さんも幸義兄さんも、佐助さんに負けちゃだめじゃーん」なんて茶化せる程度には、この生き方に慣れていた。

しゃがみ込んで子供たちに目線を合わせ、佐助にーにが大好きなんだねと笑みを向ける。すると「ねーねもすき!」とまた飛びついてきてくれたので、ぽんぽんと背中を撫でてあげた。
この子たちは本当、好きなんだけどなあ。


 *


昼食後は父さんと母さんは映画を見に行き、姉さんが服を見たいと言うのでじゃあ私は本屋に、と合計八人で来た癖に結局バラバラに行動をとることになる。
これまでの生活で習慣が出来たせいか、当然のように私に着いてこようとした佐助を制せば、不機嫌そうに「何で」と呟かれた。何でもくそも、あんた元々幸村さんが主でしょうに。

「子供たちもいるんだし、姉さんの服一緒に見てあげるか、子供見といてあげるかしたらいいじゃん。お守りがいるのはどう考えてもあっちでしょ」
「じゃあ春佳ちゃんも絢佳ちゃんと一緒に来たらいいのに。お守りは多くても損は無いよ」
「私は本屋に行きたいんだけど」
「本屋なんていつでも行けるじゃん」

漫画だったら多分、ぱち、と私と佐助の間で火花が散った。
私の考えを察することなんて容易なくせに、どうして今日に限ってそうしてくれないのか。そんなの、理由なんてわかってるけど。

「もう佐助も春佳も一緒にくればいいじゃん、あんまばらけても後で集まるの面倒だし」
「そうだな、春佳も共に来ぬか?妹に物を買ってやる、ということを、一度してみたくてな」

そうこうしている内に姉さんと幸村さんまでそんなことを言い出してしまって、この二人にそう言われてしまえば、もう私に本屋に行くなんて選択肢は残っていなかった。
内心渋々真田一家と佐助の後を追う私に、歩調を緩めた幸村さんがどこか嬉しそうな笑みを向けてくる。

「俺は、ずっと妹が欲しいと思っておったのだ」

私は、兄が欲しいと思ったことなんて無いけれど。


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