夜中、一人きり実家のベランダで思考する。
薄く広がり、暗闇の中に溶けていく紫煙を眺めながら脳内に浮かぶのは『代替品』の三文字だ。

私には、全て想像することしか出来ない。私が想像する全ては憶測に過ぎず、それが事実だとは限らない。むしろ、憶測なんて間違っていることの方が多いだろう。
でも、どうしてだか今の私には、それらの憶測が正しいように思えてならなかった。

佐助は、姉のことを好いているのではないか、なんていう憶測。
――だってそう考えれば、今までのことにだって、説明がつくじゃないか。初対面からの馴れ馴れしさ。異様としか思えず、理由も解らない執着。私へと向けられる、好意に見えていた何か。
絢佳の代替品である、妹の私へ向ける感情としてならば、説明が、ついてしまう。
姉にしたかったことを、姉に与えたかったものを、血の繋がった代替品に。外堀を埋めて、逃げ道をふさげば、妹は容易にそれらを受け入れ、受け取ってくれる。代替品としての役割を、きっちり担ってくれる。
果たしてこれは、私の被害妄想だろうか。ただの憶測で、想像で、事実とはまったく違っているんだろうか。

この世界が小説だったらいいのに、なんて考える。佐助が主人公の、小説。
そこには三人称で佐助の心情が描かれていて、私はそれを読みさえすれば、佐助の気持ちや考えを知ることが出来るんだ。私の勝手な想像や憶測でない、事実の感情が。
……そんなくだらないことを考えてみても、私の脳裏に並ぶ想像の文字列は、やっぱり私についてを『姉の代替品』としか綴ってくれていなかった。


 *


お風呂上がり、リビングでくつろぐ父さんと母さんは、姉さんと幸村さんについて会話をしていた。会話、といっても話すのはほとんど母さんで、父さんは時折頷いたり相槌を打ったりするだけなのだが。

「本当、今でも映画かドラマを見てる気分だわ〜。絢佳が名家のご子息様!と結婚するなんて。武田さんと佐助くんには良い縁を持ってきてもらったよね。元を正せば私のおかげかもしれないけど!」

私はそんな言葉を聞き流しながら、ソファにもたれてスマホをいじっている。けれど少し間をあけて、おや、と気が付いた。
初対面の時に佐助が話してくれた姉さんと幸村さんのなれそめでは、そもそも倒れた武田さんを母さんが助けたことから、全てが始まったはずだ。武田さんのお見舞いへと赴いた母さんに姉さんがついていき、同じく見舞いに来ていた幸村さんと出会い、今に至る。
そこに、佐助は関係していなかった。状況だけを考えれば佐助もそこに居るのが自然で、事実佐助も共に武田さんを見舞っていたのだろうけれど、佐助の口から自分の存在は出てこなかった。だから私も勝手に、佐助は関わりをほとんど持ってないんだろうと、思っていた。

でも、母さんは「武田さんと佐助くんには良い縁を持ってきてもらった」と口にし、姉さんは佐助を親しげに「佐助」と呼び捨てにする。
ゆっくりとスマホから顔を上げ、未だ父さんに向かって話し続けている母さんに、声をかけた。

「佐助……さんって、姉さんと仲良いの?呼び捨てしてたし、母さんも佐助さんのこと、佐助くーんって親しげに呼んでるし」
「どうしたのいきなり。……そりゃあ、仲は良いんじゃない?絢佳と先に連絡先交換してたの、佐助くんだしね」

「佐助くんって呼んでるのは――」と母さんは言葉を続けたが、あまり頭には入ってこなかった。
代わりに脳内には、ほら、ほら、ほらね、なんてしたり顔をしているような声が溢れてくる。ほら、私の考えた通りじゃん。私の憶測は当たってたんだよ、想像じゃなくて、それが現実なんだよ。そんな、笑い声。

「春佳、聞いてる?」

何十分も意識を飛ばしていたような気がしたけど、実際には数秒程度だったようで。怪訝そうに私へ視線を向ける母さんに、へらりと曖昧に笑っておく。
もう、春佳から訊いてきたのに。ちょっと怒っているような声に適当な謝罪をして、私はそろそろ寝るわと自分の部屋へ引っ込んでいった。

吐きそうなのか、何なのか、よくわからない。気道が狭まって、熱くて、冷たくて、呼吸がうまく出来ないような、何なんだろう、これ。鼻の頭に妙な熱が集まっているのに、喉は今にも、笑い声を漏らしそうだ。
そんな自分に、苛立った。


例えば、事実、佐助にとっての私が姉の代替品だったとして。
じゃあ私にとっての佐助は、何だったのだろう。自室のドアに背を預け、目を閉じる私の脳内で、さっきしたり顔をしていた声が返答する。

『幸村の代替品、だったんじゃないの』

私はそれを、否定出来ない。だってそう言っているのは自分なんだから、否定出来ようはずもない。

目の前に、降って湧いたように大好きな人が現れた。でもその人は、姉のものだった。その人の付属品が私に近付いて、姉の代替品にするため、愛情のようなものを与え続けた。私はそれを、まるで大好きな人から与えられたもののように、受け入れた。
きっと、そういうことなんだ。

佐助は春佳を代替品とし、春佳は佐助を代替品としていた。
現実をどうしようも出来ない、どうしようもしない、付属品同士のおままごと。

もうその文字列は想像でも憶測でもなく、私の中で、事実として固まってしまった。


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