ようやっと涙が止まった佐助が、恭しく手を合わせて「頂きます」と静かに呟く。そこまで神妙な顔をされるとこっちも困るんだけどなあ、となんとも言えない気持ちになりながら、私もぼそりと「いただきます」の言葉を呟いた。
せっかくビールついだのにもうほとんど泡は消えているし、乾杯するタイミングも逃したし、なんかほんとぐだぐだだ。逆にそれが私と佐助らしいのか?……らしいか?
こっちまで妙な表情になってしまう。

取り皿にいくつかの料理をとって、二度目のいただきますの後に漸く食べ始めた佐助を横目に、私も皿の上の料理を適当に掴んで口に放る。にんじんのソテーだった。咀嚼。
佐助は一口一口をとても大切そうに、噛み締めるようにして食べていた。また泣かれたらどうしよう、心の隅でちょっと心配になる。
年上の男が泣いているところなんて、出来ればあまり見たくない。反応に困るし、対処法もわかんないし。

「……春佳ちゃん、いつまで噛んでんの?」

佐助から視線を外し、年上男性が泣き出した時の正しい対処法的なのを脳内でググっていれば、不意に顔を上げた佐助が苦笑気味の表情で私を見やっていた。
目を合わせ、もぐ、と顎を動かす。汚い表現になるかもしれないけれど、口内の人参はもうほとんど液状になっていた。……飲み込む。

「そう言う佐助だって、いつもより食べるの遅いじゃん」
「っ美味しくないわけじゃないんだよ!?」
「不味かったら出してないっつの」

ガタンと立ち上がりそうな勢いで的外れな否定をされ、思わず笑う。二十八の男が何を焦ってるんだろう。

「本当に嬉しくて、美味しいんだ。だから、忘れないようにしようって、そう思ってたらつい、ね」

バツが悪そうに、眉尻を下げて笑う佐助は、大袈裟だ。
そこまで言われると、私がまったく料理をしないみたいじゃないか。私が佐助に感謝なんて抱いてないと思われてたみたいじゃないか。

……きっと、そうなんだろうけど。そう思わせてたのは、私なんだし。

「それはわかったけど、いい加減冷めるよ。スープとか」
「あっためなおす?」
「私はいい」
「俺様も」

当たり障りのないことしか言えず、肩をすくめて食事に戻る。
佐助はやっぱり嬉しそうに一口一口を丁寧に食べていて、いつもの私はこんな風にご飯を食べてたのかなあなんて考えた。美味しそうに食べるねとは言われたけれど。

実家にいた頃の私は、こんな表情をしてただろうか。ふと、思考がずれる。
答えを探すよりも先に、新たな疑問が浮かんだ。
……最後に母さんの作ったご飯を食べたのは、いつだったっけ。



結局残った料理はタッパーに詰めて、冷蔵庫や冷凍庫行きとなった。二人きりであんだけの量を食べきろうってのが無茶な話だった。
「食器洗いは俺様がするよ」と鼻歌交じりの佐助に告げられたので、私は一足先にお風呂に入ることとする。

髪も体も洗い終えて、ヘアパックとフェイスパックの両方をしながら湯船にゆったりと浸かる。
ぼんやり湯気を眺めながら、今日の佐助の言動や今までの佐助を思い浮かべる。そうして、今更過ぎるほどに今更で、どうしようもなく自意識過剰としか思えない疑問が脳内をぐるぐると巡り始めた。

――佐助は、もしかして、私のことが好きなんだろうか。そんな疑問。

好きなんだとしたら、納得できる気もした。異様な執着心やら、嫉妬やら、セクハラやらの意味が。
もし私の現状を掻い摘み気味にでも友人たちに話してみたのなら、きっと彼女たちは口を揃えて言ってくれることだろう。「それ絶対春佳のこと好きだって!」と。
だけど、相手はあの佐助なのである。私みたいな恋愛経験値の低い女を手玉に取ることなんて、お茶の子さいさいなんじゃないか。余裕のよっちゃんなんじゃないか。……余裕のよっちゃんって死語かな……最近の子に当たり前田のクラッカーとか通じるのかな……。……おっと脱線。
でも、仮に私を好いてないとしたら、今度は佐助の行動理由が意味わかんなくなる。
真田家のため?上月家のため?だとしても、セクハラや執着の理由は説明できない。

「わからん……」

別段良いわけでもない頭を酷使したせいか、ほんのり頭痛もしてきた。
浴槽を出て、顔を上向けた姿勢でヘアパックを洗い流し、フェイスパックも剥がす。
のぼせたかも、と考えながらバスタオルで身体を拭いて服を着た。洗面台に映った顔は、赤く染まっている割には表情らしきものが浮かんでいない。

お風呂での思考を受けて、ひとつ、自分に問いかけてみようと思う。
勿論、誰にも内緒で。


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