佐助へのお礼は、ひとまず晩ご飯を作ることで落ち着いた。佐助が仕事の日に、今日は私が晩ご飯作るからと言えば随分驚いていたけれど。そこまで驚くことじゃなくない?失礼な人である。


今現在私の世話を焼いてくれている佐助は、存外にも洋食が好きだ。
どうにも戦国時代の彼らのイメージが強いからか、和食好きな印象を抱いてしまうのだけど。ちなみに、そのイメージ通り幸村は洋食よりは和食を好んでいるそうだ。ただし甘味を除く。

何を作ろうかな、とぱらぱらレシピ本をめくる。そんなに凝ったものは作れない。作れないというか作るのがめんどい。
とりあえずデザートのタルトを先に作ろう。それなら今のとこ、買い物に行かなくても材料はあるし。


 *


佐助から『今から帰るけど何か必要な物ある?』と連絡が入ったのは、もうほとんどの料理が完成した頃だった。
特に必要な物も浮かばなかったので『大丈夫。気をつけて』とだけ返す。いやに嬉しそうな、飛び跳ねている女の子のスタンプが返ってきた。女子か。何で買ったんだそれ。

あと二、三十分もすれば帰ってくるだろう。粗方の準備を終えて、ベランダに出て一服する。
ふとベランダの灰皿を見て、そういえばと佐助に会ってからの自分を省みてみた。

「…煙草の本数、増えたな……」

ベランダに置かれている灰皿には、山となった吸い殻がぎっしり詰まっている。佐助がこの部屋に来る度に掃除してくれているんだから、その本数の増加っぷりもあの人は多分理解しているだろう。
何にも言わないのは、その理由を察しているからだろうか。

ふわふわと漂っては夜の空気に溶けていく紫煙を眺め、溜息をつく。

……私はどうにも、自分が何をしたいのかを理解していない。


吸い終えた煙草を山の隙間にねじ込んで、無理矢理火を消してから部屋に戻る。

めんどいだなんだ言っておきながら随分と豪勢になってしまった晩ご飯を、皿に盛ってテーブルにえっちらおっちら運んでいった。
ここまで凝ってしまうともう最後まで完璧にしたくなるのが私という人間で、見慣れたテーブルの上にはちょっとしたホームパーティーかとツッコミたくなるような料理がずらりと並ぶ。
冷蔵庫にはワインやらビールやらも待機済みだ。いよいよもってパーティーだわコレ。誰もツッコんではくれないので自分でツッコむ。

あまりにも完璧なパーティーの絵面だったので、スマホでぱしゃりと写真を撮っておいた。
佐助がうっかり見てもなんかもったいないから、ツイッターにあげるのは後にしておこう。どうせなら生で見たこの状況に「頑張りすぎでしょ!?」みたいな感じで笑ってもらいたい。

ぴんぽーん、とインターフォンが鳴る。
そういえば結局、暗証番号のことについては何も言わずじまいだったなと今更に思い出した。もう本当に今更だから言うつもりもないが。
どうせ知ってんだから勝手に開けて入ってくれれば私の手間も減るのに、と心の隅でうっすら考えながら鍵を開けに行く。勿論、そんな考えを口にするつもりは微塵も無い。

「たっだいまー春佳ちゃん!うわ、めっちゃ良い匂いする!」
「おかえり」

佐助は一旦自分の部屋で着替えてきていたようで、部屋へと戻る私の後ろで慣れたようにスリッパを履いていた。
ラフな部屋着に、手に提げられた買い物袋。何かと思えば「あ、そうだ。コーヒー切れてたでしょ」と私が好んで飲んでいるコーヒーの粉を差し出された。ああ、と思い出す。今日の買い物でも全然思い出さなかった。

「ありがと、忘れてた」
「だと思った」
「……」
「何、その顔」

いや、と口ごもる。顔が熱い気がした。気のせいだと思いたい。

佐助はそれ以上言及してこなかった。だから私も何も言わず、コーヒーパックを棚にしまう。
廊下を通り過ぎてテーブルに並ぶ料理を目にした佐助は、どうやら驚いているらしかった。まあそりゃ、別に何か祝い事のある日でもないのにホームパーティー状態になってるテーブルを見れば、誰だって驚くだろう。私も我ながら驚いている。
久しぶりに一人で料理をしたからか、異様に楽しくなってしまったのだ。仕方ない。

「……え、何これ、すっご……どしたの春佳ちゃん、今日なんかあったっけ……?」
「別に、何も無いけど」
「いやでもこれちょっとしたホームパーティーだよ!?俺様と春佳ちゃんでこれ食べきれるの!?」
「期待通りのツッコミありがとう。食べきれなかったら明日のご飯にすればいいじゃん」

グラスとお酒を用意して、佐助の横を通り過ぎ、自分の定位置に座る。佐助もなぜかびくつきながらいつもの場所に腰を下ろして、無駄に挙動不審になっていた。

すごく警戒されている。

とりあえずビールを互いのグラスに注いで、片方を佐助の手前に置く。
すぐにいただきますと言って食べ始めても良かったのだけど、それじゃあきっと佐助はいつまでも挙動不審なままだろう。それに、私の目的も果たせない。
こういうことはしたことが無いのでどうにも恥ずかしいが、ここまでやったんだからやるしかない。
はあ、と小さな溜息をついて、口を開いた。佐助はびくりと肩を震わせていた。

「えーとですね、別に今日が何かを祝う日だとかそういうわけじゃなくて、完全に思い立ったが吉日精神での行動だったのだけど」

ますます佐助の顔が不安そうに揺れる。
何でそんなびびってんだろう、もうちょっとわくわくしてくれてもいいだろうに。
怪訝に思いながら、言葉を続けた。

「あー……えー…、……佐助、」
「っ、う、あ、ハイ」
「……?そのですね、いつも私の世話を焼いてくれて、ありがとうございます。あんまお礼になってないかもだけど、これは日頃の感謝の気持ちです。ぶっちゃけ色々めんどくせえなって思うことも多いけど、佐助が居て助かってるのは事実だから。
 ……だから、ありがとう。出来ればこれからもよろしく、…です」

ぺこりと軽く頭を下げる。異様に長く感じる沈黙が落ちた。
二度目、怪訝に思いながら顔を上げる。なんとも形容しがたい表情で、佐助は固まっていた。顔の前でひらひらと手を振ってみるが、反応しない。

あれ?この人、息してる?と不安になるくらい、佐助の全身はフリーズしていた。人間ってここまで固まれるもんなのかと変な感動を抱く。
いや、そうじゃなくて。何でこんな硬直してんだこの人は。もうちょっとこう、あるだろう、すべき反応が。
私の思い描いていた反応と、実際の佐助の反応とが違いすぎて、対応に困る。あまりにも変な顔で固まっているもんだから声もかけづらくて、そのまま二人して数分間黙り込んでいた。あほらしい。

「……っ、…え……?」

もうこれ佐助を放っておいて晩ご飯に手ぇつけてもいいかな、と思いだした頃に、漸く佐助が再起動した。が、やっぱりまだ完全に起動してはいないらしい。
ゆらゆらと視線を泳がせてから、恐る恐る私を見やる。口から漏れた疑問符は、声と言うより音に近かった。

「お礼、って、俺に?だからこんな、豪華な晩ご飯、作ってくれたの、春佳ちゃんが」

最後の「春佳ちゃんが」ってのが「あの春佳ちゃんが!?」みたいなニュアンスにとれてもにょりとした気分になったが、とりあえずは頷いておいた。
こっちだってそれなりに恥ずかしいのだ。なるべくあっさり受け入れて、軽く流して欲しかった。あと早くご飯食べたい。

「……春佳ちゃんが、……おれに」

じっくり飲み込むように呟いて、また佐助は固まった。正確には視線だけが動いていて、テーブルの上の料理たちをゆっくり見回している。
あんまりまじまじ見られると、失敗したところがバレそうだからやめてほしい。

「あのさ、食べないの」

いい加減じれてきた私は、特に抱いているわけでもない僅かな苛立ちを混じらせた声音で問いかけた。
佐助の肩が大袈裟に跳ねて、「食べる!勿論食べるよ!!」と慌てたように返される。自分がほっとしたのがわかって、複雑な気持ちになった。

「でも、まさかこんな、してもらえると思わなくて。だから、ごめ、すっげえ嬉しいんだけど」

「……は!?」
思わず、驚きの声が漏れた。

佐助の両眼から、ぽろぽろと涙がこぼれていたからだ。私の目が丸くなり、口も開いてしまう。
な、な、何で今泣くんだ。泣くほどのことをしたつもりはまったくないのに。佐助の涙が理解できなくて、ちょっとドン引きしてしまいながら、とりあえずティッシュを差し出す。それを受け取って目元を拭っても尚、佐助の涙は止まりそうになかった。


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