「春佳ちゃんどこ行くの?今日バイト無かったよね。買い物も俺様がして来た。どこ行くの?」
「俺様も一緒に行っていい?コンビニまでお散歩しよ。ね?」
「ねえ春佳ちゃん、ぎゅーってしていい?ダメって言ってもするけどね。……は〜…春佳ちゃんぎゅうってしてるとすっごい落ち着く」
「春佳ちゃん、春佳ちゃん、ねえ、俺様から離れちゃだあめ」

……以上、ここ数日間の佐助語録である。


 *


「ねえ春佳ちゃん、デートしよ!この前捨てちゃった下着のお詫び、まだしてなかったもんね」
「今更ですね……」

ついつい敬語になる。
九月の半ば頃から過剰な干渉とスキンシップが増していた佐助に、辟易としつつ過ごしていた私には外に出るような元気はない。休みの日は休みらしく、家でのんびりまったりとしたいものだ。
まあその家に疲労の原因がいるのだから休むもくそも無いのだが。

「いーじゃん!ほらほら着替えてお化粧して〜」
「めんどい」
「真顔で言われるの結構傷付く!」

ぐすん、わざとらしい泣き声が耳につく。そのまますんすんと鼻を鳴らす佐助をシカトしていれば、終いには私の脇腹にぐりぐりと頭を押しつけてきた。
……この人、二十八歳だったよね……?八歳の間違いじゃないよね……。

私のお腹に両腕を回し、「ね〜え〜!」と甘ったれた声を出しながら頭を押しつけ続ける佐助。世の中にはこれが可愛く思える人間もいるのか、と考えたがゲームをしている時には私もさんざんこの人相手に可愛いと言っていたので真顔レベルが増した。
実際に目の前に居るのだと考えると、なかなか、こう、アレなものである。敢えてはっきりと言語化はしないでおこう。

「春佳ちゃん、行こ?春佳ちゃんの好きなものも欲しい物も、何でも買ってあげる」
「……、はあ……」

溜息をひとつ。「下着だけでいいよ」と返しながら腹部にまとわりつく腕をやんわりと退かせば、佐助は一瞬きょとんとしたあと顔を綻ばせた。何度も強調して申し訳ないが、二十八歳が浮かべるものとは到底思えない、あどけなささえ抱く満面の笑みであった。
なんだか佐助、精神年齢が後退してやしないだろうか。元々中身は随分若かったけれども。

「じゃあ!じゃあ今すぐ準備しよう!」
「そっすね……」

そこまでテンション上げなくても、と思いはするがまあ言っちゃったもんは仕方ない。だるい身体に、というか精神に鞭打って立ち上がり、出掛ける用意を始める。
自分の部屋で着替えてきた佐助は、化粧をして髪を巻いている私をにこにこと眺めていて、犬みたいだという感想が浮かんだ。佐助に対して抱くとは到底思っていなかった感想だった。

デートだデートだとうきうきしている佐助に手を引かれるまま、車に乗って大きめの街へと赴く。
案の定シートベルトは佐助の手によって締められて、まるで逃がさないようにしているみたいだと胸元と腹部の締め付けに眉根が寄った。
ぱっと何かを思い出したような佐助が、踏もうとしたアクセルから足を離し、こちらに顔を向ける。

「あ、プリクラも撮る!?」
「女子か」


 *


ショッピングモール内は、平日の為かさして混んでいない。ゆるい人の中、佐助は相も変わらず嬉しそうに私の隣を歩いている。
ファッションフロアに辿り着いてからが、どうやら佐助の本番だったらしい。
「あれ絶対春佳ちゃんに似合うよ!」「意外とこういうのも春佳ちゃんならいけるかもしんない……」「あっこれ!コレ着て!」「俺がお金出すから!!」えとせとら。佐助のお眼鏡にかなう衣服を見つける度に立ち止まっては私の腕をぐいぐい引っ張っていく。
これじゃあどっちが女か分かったもんじゃない。私も服を買うのは好きだけれど、ここまでテンションを上げられるのは素直に尊敬できるレベルだ。
家事全般できて買い物にテンション上げられるって、佐助の女子力は相当なものなんじゃないだろうか。このままだと佐助の女子力に当てられて死んでしまいそうだ。

「一人称、俺になってるし。どんだけ必死なの」

とりあえず私が言えるのはそれだけである。
私の発言で初めて自分がそう言ったことに気付いたのか、佐助はほんのり恥ずかしそうにえへ、と笑った。女子か。

佐助の基本的な一人称である「俺様」が素のものじゃないことくらいは、ゲームをしていた時からわかっている。
そしてその皮が剥がれるのは、とても稀だということも。
あの日は、何度か剥がれてしまっていたけれど。まさかこんなとこでも剥がれるようなものだとは思いもしなかった。たかが服にどれだけ必死なんだ。

「俺様が選んだものを、春佳ちゃんに着て欲しいんだよ」
「そういや異性に服を送るのは脱がしたいって意味なんだっけ?」
「勿論春佳ちゃんの服を脱がすのは俺様だけで良いけどね」
「自分で脱がせてください」

そんな会話をしつつ、服の店は通り過ぎて目的のランジェリーショップに入る。そういえば九月には可愛い新作が出るといつだかに貰った冊子に書かれてたな、と考えながら適当に店内をうろついた。
佐助も私にまとわりつくようにして、下着を吟味している。……凄い、視線に躊躇の欠片も無い。

「このオレンジのなんか可愛くない?春佳ちゃんに絶対似合うよ」
「そのデザインなら紫のやつのが良い」
「いーや絶対オレンジ!一億歩譲って赤!」
「私的には紫、緑、赤、オレンジの順なんだけど……」
「なんか今俺様めっちゃ切ない」

泣きそうなんだか拗ねてんだかって表情で背中をぺちぺちと叩かれてしまう。痛くは無いが、店員さんの目がなんとも言えない感情を物語っていたのでその手をやんわり払った。
しゃあなしに佐助が示すオレンジの下着を手に取り、レジに向かおうとする。

しかし「待って待って!」と半ば叫ぶようにして引き留められ、じとりと佐助を見上げた。

「いっこだけじゃ駄目。最低でもあと二つは買うから」
「もしかして佐助……」
「……ゴメン、水色のとストライプのも捨てちゃった!」

きゃは!なんて星が飛びそうな勢いで告げられ、もう脱力するしかない。ストライプの、ってのは赤と青の奴の事だろう。あれ肌触り良いから気に入ってたのに……。

「さすがにイラッとしたのでセットのキャミソールとショーパンも買ってもらいます」
「もちろん!春佳ちゃんがそれ、部屋で着てくれるならね」
「まあもうすぐ十月だから着る期間も僅かなものだけどな……」
「帰ってきて夏……!」

そんなこんなで結局三セット分の下着と、それらとお揃いのキャミを購入してもらうことになった。私はレジにて表示された金額に眼球を落っことしそうになるのを耐えるばかりである。
佐助は喜々として財布から万札を取り出していたが。

「春佳ちゃんの為に使うお金ならいくらでも出せちゃうよー」
「佐助……それ多分割とアレな発言だわ」

この人いつか、女に貢ぎすぎて破滅するんじゃないだろうか。
そんな悪女に佐助がひっかからないことを、きもちだけ祈っておくとしよう。


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