あれから半月ほど経つ。私は、相も変わらず佐助に生活の世話をしてもらっていた。

あの晩の事なんて無かったとでもいう風に佐助が過ごすものだから、私もそう対応するしかない。
翌日なんかはそれなりに警戒していたけれど、佐助があまりにも普通だから肩すかしを食らった気分だった。

だけどそれも、この二、三日で徐々におかしくなってきている。

それまでは本当に、普通だった。必要以上に近付いて来ない、干渉の度合いも減った、友達のような家族のような茶化し合いの会話。今まで通りだった。
きっかけは多分、伊達さんからの電話だ。
内容自体はなんてことはない。最近どうだとか、つーかメールすぐにまくんなよお前とか、また小十郎が話したがってたぜだとか、そんなところ。
私は佐助がいたからベランダで話していたのだけど、その日から佐助が、おかしくなった。


 *


「春佳ちゃん、今日こっちで寝ていい?」
「は?」

そんなことを言われたのは初めてで、ぽかんとしてしまう。お風呂上がりの私に向けられた開口一番のセリフがそれだったものだから、思わずタオルが床へと落ちていった。
だからお風呂出るとき、お湯抜かなくていいよなんて言ってきたのか。てっきり洗濯槽を洗うのにでも使うのかと思ったのに。

「何で。狭いだけじゃん」
「いーじゃん狭くたって。俺様、春佳ちゃん抱きしめて眠りたい気分なの」

ハートマークを飛ばすような口調で告げられ、ほんの少しげんなりとする。その無駄な女子力と元気を分けて欲しい。

「てことでお風呂借りまーす!」
「私、許可してないんだけど……」

すたこらさっさと浴室へ向かってった佐助の手には、クローゼットに入っていたはずの私のバスタオルと、そのつもりで持ってきていたんだろう替えの下着や寝間着。どこに持ってたんだろうあいつ。てかバスタオルも持ってこいよ。
もう姿が見えなくなってしまったので、溜息だけを吐き出してさっきまで佐助が座っていた私の定位置に腰を下ろす。化粧水と乳液をつけて、タオルでもう一度髪を拭いて、ドライヤーで乾かしていく。


お風呂からあがってきた佐助は、すっかり髪も乾いてテレビを見ていた私に飛びつくような勢いで抱き付いてきた。おっかなびっくり目を丸くする私に、にししと悪戯っ子のように笑うが、この男は二十八歳である。もう一度言う、二十八歳だ。アラサーだ。
これが小さな子供なら可愛いなあで済んだかもしれないけれど。実際のところ私が抱いた感想は「い、痛え!」である。肉体的にも精神的にも。

「春佳ちゃぁん、髪乾かして」
「なぜ……」
「いっつも俺様、やってあげてるじゃん」

思わず真顔になる。二十八歳の甘えたな声とはなかなかダメージがでかい。しかも佐助といえばcvはあの人なわけで。低音イケボなわけで。
……あ、そう考えれば割と許容できる気がする。なんて考えてしまった私はそれなりにオタクであった。

結局髪を乾かしてあげたのだが、ベッドに座る私の足の間に、ベッドにもたれるようにして座る佐助の身体、という状態だったのがなかなか心臓によろしくなかった。
時折くすぐるように足先や膝を撫でられるかと思えば、太ももを撫でる手つきが妙に怪しくなってくる。その度に顔面へ軽い膝蹴りをお見舞いしていれば、終いには内ももをぺろりと舐められた。
「ひぎゃあ」と叫べば「もうちょいやらしい声出してよ」と拗ねた声をあげられたのが、心ッ底解せない。何で佐助の為に「ひやぁ」みたいなかあいらしい声を出さねばならんのか。つーか出るのかそんな声、私の声帯から。ワカラン。

「春佳ちゃんの太ももきもちい。挟まれてたくなる」
「もうそのまま圧死すればいいのに」
「どうせ圧死するなら太ももよりおっぱいが良いなあ」
「何言ってんだコイツ」

戦慄。


電気を消した部屋で、結局折れてしまった私を抱きかかえて佐助は楽しそうにしている。佐助には背中を向けているので表情は見えないが、時々笑い声が聞こえてくるから楽しいのだろう。ふふだのくすだのと言った笑い声がダイレクトに鼓膜に響いてくるのは地味にホラーだからやめてほしい。別段ホラーが苦手なわけでも無いが。

「手、やめて」
「やあだ」

背後から私を抱きしめる佐助の手は、私の下腹部辺りを撫でさすっている。それが時折脇腹をくすぐってくるのだからたまったもんじゃない。
昔からそこを触られると全身が総毛立つ。他人に触られてぞっとする場所は前世の死因だと小耳に挟んだことがあるから、もしかしたら私は脇腹を刺されるか撃たれるかして死んだのかもしれない。単純に弱いだけだと思うが。

「春佳ちゃん、ほんと脇腹弱いね。びくびくして可愛い」
「ほんっと、やめて……」
「春佳ちゃんがこっち向いて、俺様にぎゅうってしてくれるならやめる」
「そんなウンコ味のカレーかカレー味のウンコみたいな……」
「そこまで究極の選択なの!?」

ていうか女の子がうんことか言うんじゃありません!ぺしりとお腹を叩かれる。痛いなオイお腹は人体の急所だぞ。内臓いっぱいあるんだからやめてよ。

「もう春佳ちゃん冷たい〜」

ぎゅうう、ときつく抱きしめてくる佐助に、身体が締め付けられてウッ、となった。
けれどその言葉に対しては返答する気も起きず、まあいいやと瞼をおろす。

その日は結局、暑さでロクに眠れなかった。


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