土曜は佐助が朝から仕事だったので、うきうきとした気持ちで片倉さんの畑に行くことができた。
収穫を手伝ったり、草抜きや水やりをしたり、お昼は片倉さん手作りのご飯を頂いたり。
子供の頃の楽しかった記憶も思い起こされて、これ以上なく楽しい一日だった。
麦わら帽子を被って畑できゃいのきゃいのと喜ぶ私に、同調するようにして色んな事を話してくれる片倉さん。そしてそんな二人を畑の隅っこに置いた椅子の上で複雑そうに見守る伊達さん。

日が傾く頃には「春佳!」「こじゅさん!」なんて呼ぶ間柄になってしまって、やっぱり伊達さんは複雑そうに「おい春佳」と私の名前を呼んでくるのだった。もちろん私は「何ですか?伊達さん」と返答した。
舌打ちをこぼした伊達さんに、水やりのせいでできた水たまりの中へとぶん投げられた事は一生忘れない。しかし仇はこじゅさんがとってくれたので一応のとこは良しとする。


 *


お土産にもらったトマトときゅうりを提げて、今日は疲れた〜!と心地良い疲れを抱きながら部屋の鍵をあける。ピッピッ、と数字ボタンを押して、最後に解除マークのボタン。ピーッガチャン。鍵が開く。
水曜みたいに佐助が出てこないとこを見ると、多分まだ仕事なんだろう。晩ご飯はきゅうりに味噌でもつけて食べるか、と考えながらドアを開ける。

そこで、思考が止まった。

「……おかえり、春佳ちゃん。思ったより早かったね」

真っ暗な部屋の中、玄関先にあぐらをかいて座る佐助の姿が、廊下の明かりにうっすらと照らされていた。
気味が悪いほどの笑みに、反射的に足が後退し、手がドアを閉めようとしている。
だけどそんな私の行動は、伸ばされた佐助の腕によって制された。勢いよく片手を引っ張られて、肩の痛みを感じながらバランスを崩す。やや膝を打ち付けはしたものの、身体は佐助に抱きとめられた。
すう、と。また呼吸の音がする。

「土の臭い。野菜……トマトとキュウリ、とうもろこしもかな。でもそれより俺の知らない石鹸の臭いがする。ああ、髪もちょっと濡れてるね?それに、前と同じ男と、もう一人別の男の臭い」

今回も正確に言い当てられて、引き気味にツッコミを入れる気力すら湧かなかった。
石鹸の匂いがするのは、伊達さんに水たまりの中へぶん投げられた後、シャワーを借りたからだ。

しん、しんと、胸の内が冷えていく。

「ねえ春佳ちゃん、どこ行ってたの?今日出掛けるなんて、俺様訊いてないよ。帰って春佳ちゃんいないからびっくりしちゃったじゃん。鍵もあいてたし」
「え、鍵……閉めて、」
「あいてたよ」

食い気味に答えられ、口を噤む。

確かに鍵はしめたはずだ、どんなにうきうきしていたとしても、それを忘れるほどではない。でも、そこまではっきりと言われれば、自分の記憶に自信が無くなってきた。
だけど、仮に鍵が開いていたとしても。このマンションの鍵は暗証番号制だ。故に、鍵を閉めるだけなら誰にだってできる。鍵を閉めて、自分の部屋で待っていればいいのに、何でわざわざこんな暗闇の、クーラーもついてない部屋の、玄関先で。
……この、ぞっとする感じ。苦笑とも嘲笑ともつかない、変な笑みが浮かぶ。

「俺様の質問に答えてよ、春佳ちゃん。どこ行ってたの?誰と会ってたの?何で俺様に何も言わなかったの?ねえ、俺様に隠すような用事だった?――男と会って、シャワー浴びなきゃいけないような用事って、なに」

静かな声が、私の鼓膜を震わせる。矢継ぎ早に紡がれる質問に、笑い飛ばしたくなるような苛立ちを感じて、佐助から距離をとろうとした。
背中に回された手が、それは絶対に許さないとでも言うように、力を増す。

「俺様、春佳ちゃんが心配なんだよ。ねえ、だから教えて。春佳ちゃんがどこで、誰に会って、何をしてたのか。……ほら、早く」

「……佐助には、関係無いでしょう?」
存外、冷たい声が出た。

背中に回される佐助の手から、力が抜ける。

「佐助は、母さんと武田さんと幸村さんに頼まれて、私の世話をしてるだけで。私は上月と真田の家の事を考えて、それを受け入れてるだけ。私と佐助の間には、何の関係も無いじゃん。……何で佐助に、私の人付き合いまで、制限されなきゃいけないの。世話をしてるからって、そこまで訊く権利、佐助にあるの?」

言いながら、自分勝手な発言だなとは自覚していた。だけどそれは、本心だった。
私が誰と連もうと、それに佐助が干渉する権利は無いはずだ。あるとしたら、もう私は佐助にとって人じゃない。……そんな権利があったとすれば。私が佐助の、ペットみたいじゃないか。

「……え、?…や、だって、俺、」

佐助の身体が僅かに震える。発された言葉からはありありと動揺が見て取れて、何でそこまでとこっちが動揺した。
佐助から距離を取り、玄関に膝をついた体勢で佐助の表情を眺める。ほとんど変わらない高さの視線で、けれどそれが絡むことはなかった。

「違、……春佳ちゃん、」

立ち上がり、玄関の電気をつける。暗闇になれた目にはそれが眩しくて、少し顔を顰めた。
そのままの表情で佐助を見下げる。

「何も違くないよ。佐助に、そこまで干渉してくる権利はない」

はっきりとした拒絶を突きつける。何でそこまで佐助が動揺するのかは理解の範疇を越えていた。だから気にしないことにした。
これで佐助が帰ってしまったら、多少なりとも問題にはなるだろう。だけどやっぱり、それらは私には関係が無かった。それは佐助と真田家と上月家の問題で、私の問題じゃない。

最初からはっきりと拒絶しておけば良かった。あの、結婚式の時から。
そう思ってため息を吐く。瞬間、立ち上がった佐助に、ドアへと押しつけられた。

「い…った、」

ドンッ、と鈍い音が背中から響く。頭も僅かに打ち付けて、一瞬だけ視界がぐにゃりと歪んだ。鈍痛に顔を顰め、私の両腕を拘束している頭上の男を睨み上げる。
そして、硬直した。

「なに、泣いて」
「……権利は無いかもしんないけど、俺はもっと春佳ちゃんのこと知りたいし、春佳ちゃんを独り占めして、俺だけのモノにしたいって、思ってるよ」
「は……、んっ、!?」

荒々しく口付けられ、目を見開く。色気もクソもない口付けに困惑していれば、半開きになった唇の隙間から舌が入り込んできた。
逃げるように奥に引っ込めた舌を執拗に探って、絡め取り、舐めたり吸ったりを繰り返してくる。久方ぶりすぎる刺激はあまりにも強くて、抵抗らしい抵抗も出来ないまま腰が抜けそうになるのを必死に耐えた。

「ふ、……ぁっ、さ、すけ」

どっちのかもわかんない唾液が、私の口端から漏れて顎を伝っていく。僅かな気持ち悪さと、感じたことのない快感に、眼球の奥が熱を持つような感覚を覚えながらやわく首を振った。佐助は、唇を離さない。

生理的な涙が滲み出して、ぐりぐりと下腹の辺りに押しつけられる熱から逃げようと身を捩った頃。
漸く佐助が唇を離し、私をきつく抱きしめてきた。体勢のおかげで熱が離れていったことに僅か、安堵する。全身が心臓になったみたいに、鼓動がうるさく鳴っていた。

「春佳ちゃんは俺様の、だから、離さないし……離れない」
「……佐助、」

おやすみ、また明日。そう言い残して佐助は部屋から出て行った。
濡れた口元を拭い、ずるずると衣擦れの音をあげながら、ドアにもたれてしゃがみ込む。

背中の向こうから、同じ音を感じた気がした。


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